〜トキノアメ〜

ISM 作


<登場人物>
弥生 司…この物語の主人公で弥生家の養子、魔法使いである。
弥生 巌龍…司を施設から養子に迎えた男。
雪野 時雨…司のクラスに転校してきた少女、強力な魔力を持つため魔導組織ルシファーに狙われている。
宗堂 明…司の友人、常にハイテンション。現在失恋のショックによりボロボロ。
飛燕…魔法使い、司に魔法について教える。今は時雨のボディーガード。
霧崎 葵…司の幼なじみ。
陽炎…規則を破った魔法使いを罰する組織キマイラの一員。
ルシフェル…魔導組織ルシファーのボス、それ以外のことは不明。

<第七話 復讐>

 1

 葵さんが飛燕さんを睨んでいる。
 今までに見せたことの無いぐらい恐ろしい目で。
 飛燕さんは凍り付いたかのように動かない。
 険しい表情で葵さんを見つめている。

 周囲の空気は緊張で張りつめ、傍で立っている俺の思考回路は停止しかかっている。
 俺の同級生の葵さんと魔法使いの飛燕さん、一見何も関わりがなさそうな二人だが、お互いにお互いを知っているような感じ。

 一体…この二人に…何が…。

 時は止まり続ける。
 恐ろしいまでの殺気が空間を支配している。

 葵さんは陽炎が飛燕さんを見つけたときと同じ目をしている。
 それは――ヤットミツケタ、というような――冷たく、殺意に満ちた目――。

「長かった
…」
 葵さんが先に口を開いた。
「……」
「あなたは私を忘れたの? まあそうかもしれないけど」
 飛燕さんは忘れたというより、混乱していて何を話して良いのかわかってないような状態だ。
 葵さんは自分の荷物の中から竹刀を取り出すとてきぱきと組み立てた。

「ちょっとさ
…待ってよ葵さん!」
 このままではまずいと判断し、二人の間に割り込んだ。
「司くん、どいて。関係ないでしょ」
 今の葵さんはマジで怖い。
 実は葵さんは小さい頃から剣道を習っており、とても強いらしい。
 その強さから来る威圧感。俺はそれに耐えることは出来なかった。

「葵
…と言ったわね?」
「なれなれしく人の名前を呼ばないで、この殺人鬼」
「殺人鬼?」
「司くん、私のお父さんは死んだってこと知っているよね?」
「うん
…、でもあれは病気だったって先生が…」
「いいえ、あれは周りを不安にさせないためにわざと先生に嘘を言ってもらったの。私の親は殺されたのよ。この女に」
 殺された
…? 飛燕さんは人を殺すような人間ではない――だが、飛燕さんはシャドゥ・ブラッ ドを受け入れたとき、人を一人殺したと言っていた。ではまさか…。

「私が殺した人は、この子の父親…
。目を見たらすぐに気付いたわ」
「どうやら覚えていたようね。ありがとう」
 葵さんは竹刀を構える。
「葵さん、何をする気!?」
「決まっているじゃない! この殺人鬼に…
一発…いや、気が済むまでいれるのよ!」
「いれるって
…殴ることだろ? 竹刀で殴ったら死んじゃうぞ!?」
「死んだっていい! こんな殺人鬼なんて…
! 死んだって…! どいてっ…司くん!」
 葵さんは本気だ。
 その目は復讐に燃えた目。
 飛燕さんは動かない。

「葵、私はもう逃げないわ。気が済むまで
…どうぞ」
「そう――じゃあ遠慮なくやらせてもらう…

「葵さん! ダメだって!」
 俺は葵さんを止める。
「止めないでよ司くん! 司くんにはわからないでしょうけど
…私はこの女をずっと捜していた! お父さんを目の前で殺した…残虐で非道なこの女を…! 見つけたら、復讐してやるつもりだった! そのためにずっとずっと自分を鍛えて きたの! もしもこの女と対峙したとき、戦って勝てるように…!」
 葵さんは興奮している、このままでは本当に飛燕さんを殺しかねない。
「それでもさ
…、ここで飛燕さんを殴って…殺したら葵さんだって殺人犯だよ、そうしたら捕まって…もう俺とは会えなくなる。それでもいいのか?」
「いい、別にそんなちっぽけなことを犠牲にするだけなら。捕まって牢屋に入れられたって、死刑になったって、私はこの女を…


 ――殺す、という言葉まで葵さんは言わない。
 それは自分自身殺してしまうということにためらいを持っているということ。
 だが竹刀は凶器だ、防具をつけていない飛燕さんに当たったら怪我程度では済まない。

「司くん」
 飛燕さんが俺を呼ぶ。
「もういいから
…どいて、私は陽炎から罰を受ける代わりに葵に償うということで許してもらったわ。 だから葵が私を気が済むまで殴るということを望むのなら、それを素直に受け入れるわ」
「飛燕さん…


 葵さんは俺を押しのけた。
 竹刀をもう一度構え直し、飛燕さんに突撃する。

「ダメだって!」
 俺は魔法で葵さんの竹刀を狙った。
 風の弓が葵さんの手から竹刀を弾き飛ばした。

 カランという音を立ててアスファルトに落ちる竹刀。

…私としたことが…っ」
 葵さんは自分が手を滑らせたと思いこんでいるらしい。
 飛燕さんは俺の方を驚いて見た。
「何で
…私を助けるの?」
「だって
…ダメなんだよ。さっきの状況のまま、葵さんが飛燕さんを殴っていたって…良い方向には進んでいかない。むしろ、お互いにとって最悪の状態になる」
「何で? 私が殴られればそれでいいのよ?」
「違う、そんなことはない。葵さん、ここで飛燕さんを殴って
…それで葵さんの心は晴れるのか?」
「……」
「そんなはずはない、復讐は何も生み出さない。葵さんのお父さんだって自分の仇をとって欲しいなんて思っていないに決まっている。それに飛燕さん
…死ぬことは償うことじゃない。償うっていうのは生きていなければ出来ないことなん だ。ここで死んでいたら、飛燕さんは償うことなんて一生できない、そうしたら陽炎との約束を破ったことになる」
「……」
 飛燕さんも葵さんも黙り込んでしまった。

「司くん
…この女が償うってどういうこと?」
「それはさ
…話すと長くなるけど、とにかく飛燕さんは改心した。それでずっと自分が人を殺した ことを悔やんで苦しんできた。そしてこの間、葵さんに償って生きていこうと決心したんだ」
「でも、償われたってお父さんは帰ってこない! 私だってずっと苦しんできたのに
…! お父さんが殺されたときの光景は…今でも夢に何度でも出てくる…! それなのに――」
 葵さんは泣き出してしまった。
「……」
 葵さんはずっとこのことを誰にも話せなかったに違いない。
 父親が殺されたことによる悔しさ、苦しみ、それを全て自分の心の中にしまい込み、強がって生きてきた。
 その心の扉が、今初めて開かれたのかもしれない。

「葵さん、飛燕さんを許してあげてよ。簡単には許せないだろうけど、それでももう仇討ちをしようなんて考えないで」
 葵さんは涙を拭いて、飛燕さんの方へ歩いていった。

 パン。

 渾身の力を込めた平手打ちが飛燕さんの頬に炸裂した。

「今日は
…これで許してあげる…、でも飛燕、あなたを許したわけじゃない。覚えておいて…」
…葵、私は出来る限り、あなたに償っていくわ。許してもらえるなんて甘く思っていな いけど…それでも死ぬまで償っていくから…
「……」
「……」

 葵さんは黙って竹刀を拾い、さっさと片づけてしまい込んだ。
「司くん、さよなら」
 と、走って行ってしまった。

 2

 翌日、葵さんは学校へ行かなかった。
 公園でいくら待っても来なかったため、電話をしてみたが出たのは母親で、気分が悪いから学校を休むと言っていた。

 飛燕さんは、あの後これからどうやって償っていけばいいのか考える。と、言い残して去ってしまった。
 ともかく、二人が殺し合うなんて状況にならなくて本当に良かったと思っている。
 そして葵さんも早く元気になって顔を見せて欲しい、それが俺の素直な希望だ。

 そして俺は学校に到着した。

「おはよう、雪野さん」
「あ
…、司さんおはようございます」
 雪野は本を閉じて俺に挨拶を返した。

「何の本読んでいるの?」
「えっと
…占いの本です」
「占い?」
「はい、動物占いです」
「へぇ、雪野さんは何の動物なの?」
「私は猫です」
 聞く前からそんな感じがした。

「司さんはどの動物でしょうか…
?」
「俺? ちょっと貸してくれる?」

 俺の誕生日
…9月10日…と。
 あった。
「ペガサスだって」
「わあ
…いいなあ、私ペガサスに憧れているんです」
「憧れてるって
…」
 動物占いなんだから決まっちゃっているものは仕方ないだろうと思う俺。
 まったく、彼女はいつもこんな調子だ。
 なんだか知らないけれど、いつもこっちの調子を狂わせる。
 確信的なのかよくわからないが、昔に比べて随分明るくなって良かったと思っている。

 ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴る。
 それと同時に担任が教室に入ってきてホームルームを始めた。

「暑いですね、司さん」
 下校中、雪野が爽やかな表情で話しかけてきた。
「そうだな、もう夏本番ってトコかな?」
…ところで司さん、今日はどうかしたんですか?」
「…
?」
「なにか不安でも抱えているのですか…
? 朝からちょっと変ですよ…」
「変…
? 俺が?」
「あっ…
え…別に悪い意味ではないんです…あの…ただいつもと違うなって…」
「そうかな…
、きっと最近大変なことが多くあったから疲れているんだよ」
「大変なこと?」
「ああ
…、ちょっと雪野さんには話せないようなことだけど…

 じーっとこっちを見つめてくる雪野。
「秘密ですか?」
「うん
…ちょっとね…」
 ますますじーっと見つめる雪野。
…な…なに?」
「ちょっとだけでもいいので教えて下さいよ
…、なにが大変なんです?」
 雪野は一歩も譲らない気だ、そういえば前にもこんな事があったような…

…ここでは話せないよ…人が多すぎる」
「じゃあそこの喫茶店でも行きません? ゆっくり話してくださいよ!」
 強引だ、何か別に目的があるような気もするが彼女はとにかく頑固だ。
「ちなみにそこのチョコパフェ、一度食べてみたかったんですよね…

 ああ、やっぱり。

 結局、俺達は喫茶店に入っていた。
「涼しいですね〜、もう最高です!」
 雪野は喜んでいる。
…それで…大変な事って何なんですか?」
「それがさ…
、父上が俺を拒むようになってきたんだ。理由はわからないけれど、前まで妙に俺に優 しくしていたと思ったら、最近急に怒り出してさ…、忌み嫌われているようで…
「はぁ
…、司さんのお父さんって怖いんですか?」
「怖い…
のかな? うん、確かに怖いかもしれない。一応俺は拾われた身だし…、ここまで俺を育ててきてくれた人だから反抗できなくて…
 店員がチョコパフェを持ってきて雪野の前に置いた。

「わあ、美味しそう!」
…聞いてくれよ」
「聞いてますよ
…、じゃあ司さんって養子なんですか?」
「ああ、そういうこと」
「いいなあ! 私養子に憧れているんです!」

 ミシ…
…。

 テーブルに頭をぶつけた、その弾みでコップの水がこぼれた。
 ちなみにチョコパフェは避難していて無事だった。

 どーゆーことに憧れるんだよぉ〜
…この人は…

「大丈夫ですか?」
「いや、無理」
「それで
…?」
「この間はさ
…、食事後に視線があっただけで罵声を浴びせられるし、勘当の一歩手前のことまで言 われちゃって外に追い出されたし…
…可哀想です」

 雪野はチョコパフェを食べながらうーんと考え事をしている。

「そうだ! 私が司さんのお父さんに説得してあげます!」
「はぁ?」
「だって、血は繋がっていなくても親子は親子じゃないですか…
、それなのに司さんを可哀想な目に遭わせるなんて酷いです!」
「ちょっとま…

「何ですか…
? まさか大変な事ってこれじゃないんですか?」

 ――図星だ。
 何故そこまで勘がいい?
 確かに父上のことも大変なことで悩んでいたが、実際には葵さんと飛燕の関係について猛烈に悩んでいたのだ。

「……雪野さん、いいよ」
「え? いいんですか?」
「これは俺の問題だしさ、雪野さんみたいな他人を巻き込んだら
…」
「やった! いいんですね! 許可ゲットです!」
 何故そっちの意味として捕らえるんだ
…このヒトは…。


 ようやく外に出た、クーラーの効いていた喫茶店に比べると外の空気は湿っぽくむわっとした。

「残念です、協力できなくて…

「ああ、でもありがとう、話を聞いてくれて」
「いいんです、チョコパフェご馳走になっちゃったし!」
 ちなみに580円。
「じゃあ帰りましょうか」
「そーだね」

 俺達はいつもの下校道を歩いていく。
 雪野が俺の悩みを聞いてくれたおかげで、何から何までさっぱりした。
 チョコパフェ代はそのカウンセリング料だ。

 いつの間にか、さっきまでの胸騒ぎも消えていた。

 ――きっと疲れていただけなんだよ…
俺。

 そう自分に言い聞かせる。


 雪野の家の前まで着いて別れた。
 ここからはバスに乗って家まで帰っていく。

 ――この時の俺は知らなかった。
 この後どんなことが待ちかまえているかなど…


 3

「ルシファーか…
?」

 バス停を下りて、少し歩いたところ――俺が飛燕さんと始めて会った場所に、その男は立っていた。

 赤いマント、紫の髪、狂気を秘めた不気味な赤い目…

 体を包んでいるオーラは今までの魔法使いに比べ何倍も強かった。

 この男との戦いは、未だかつて経験したことのない激しい戦いになる…

 この時俺は感じた。

「いかにも、私の名はミカエル。ルシファー内ではルシフェル様に次いで最強の魔力を持つ者だ」
「何の用だ
…なんて聞くまでもないな…、どうせ俺や時雨を連れ去りに来たんだろう?」
「…
それはあの女の管轄。さらに、もはや貴様に用などない…必要なのは時雨だけ。私に与えられた使命、それは――貴様を殺すこと」
 この男から強烈な殺気が感じられる。
 こいつはヤバい
…、しかももっとヤバいのは…

 ヒソヒソ(あの二人何やっているのかしら)
 ヒソヒソ(危ない雰囲気よねー)

 周りに一般住民が多すぎることだ。

「黒弾!」
 ミカエルが魔法を放つ。
 手からどす黒い、暗黒の玉が三発飛んできた。

 ……!

 間一髪というところで、全ての黒弾を回避した。

 それを見た、周りにいた人々は悲鳴を上げて逃げていく。
 だが、ミカエルはその逃げまどう人々一人一人目がけて魔法を放った。

「待てよ! ミカエル!」
 魔法を旋風で相殺しようと試みたが、旋風が弾かれるだけで全然効き目がない。

 ドン。

 魔法が命中した人は悲鳴を上げて活動を“停止”した。

「止めろ!」
「何故止める?」
「関係ない者を巻き込むな!」
 だが、ミカエルはとても冷たい目で言った。
「邪魔をするな! 常人を攻撃するのが何故悪い…
? 弱いくせに昔から我々を苦しめ続けた常人を…!」
「だからといって殺していいわけがない…
! 狙いは俺だろ!?」
「楽しみは最後にとっておくものだよ…
、ラファエルとウリエルを倒した男…。そのような者と戦える……この血が騒ぐ」
 ミカエルの目は狂気を秘めていた。

 次から次へと“停止”していく人々。
 彼らを守るために、俺はミカエル目がけ魔法を放った。

「烈風!」
 ウリエル戦で使った、俺の扱える中で最も強力な魔法の一つ。
 しかし、それをミカエルは腕一本でかき消した。

 だが、人々を逃がすのには十分な時間だった。

 ミカエルがこちらを睨みつける。
 ぞっとするほど冷たい目――何人殺しても表情一つ変えない、氷のような顔。

「……邪魔をするなと言ったはずだ。貴様のせいで、我々の存在を知った常人が逃げた」
「知られたのは…
お前のせいだろミカエル!」
 ミカエルの体に黒いオーラが集まる。
「私は誰もこないような場所でひっそりと戦うというのは性にあっていない。だからといって、常人の目の前で戦うわけにはいかない…
。ならばどうすればいいと思う…? 消せばいいんだよ。所詮最終的には消える者どもだ、ならば今のうちに消しても 変わりはないだろう?」

 俺の中で何かがキレた。

 どうやって戦うか、どうやって攻撃するかなんて面倒くさい。
 俺の脳からはただ一つの指令のみが送られ続ける。

 ――アイツは決して生かしていてはならない人物だ。

「少々予定が狂ったが…
まあよい。戦うぞ」
 ミカエルが戦闘態勢に入る。
 こっちの戦闘態勢はすでに万端だ。

「まずは小手調べだ」
 ミカエルが腕を振り上げると、周りに倒れていた人間が一斉に立ち上がった。
「なっ
…!?」
「闇魔法魔手、命中した相手の一部を奪う魔法だ。さっきから、私が常人を狙っていた理由、それは戦いの舞台を用意するためだけではない。私のしもべを作り 出すためでもあるのだ」
「どういう…
ことだ?」
「わからないのか? 私はこいつら常人の“魂”を奪った」
「…
!」
「いけ」

 ミカエルの合図で、何人ものの人間が襲いかかってきた。

 彼らの顔には生気がない。
 今の彼らを上手く言い表すならばそれは“人形”

 まずは体格のいい男が突進してきた。
 本来ならばどうってことの無い単調な突進。
 俺の魔法を持ってすれば容易く迎撃できるはずだ。
 だが彼らは罪もない人間。とても攻撃など出来ない。

 男が飛びかかってくる。
 避けようとしたが、あっけなく男の腕に捕まり、俺は地面に押し倒された。

 俺の上に馬乗りになって首を絞める男。
 息が出来ない、苦しい。
 俺が苦しんでいる様子をミカエルは表情一つ変えずに冷たい目で見ている。

「どうした、貴様。まさか常人には攻撃できないのか?」
…っ!」
 男の体が吹っ飛び、地面にたたきつけられ、俺は解放された。
「突風か
…、やればできるではないか。…次、行け」

 続いて、三人ぐらいの人間が走って向かってきた。
 そいつらも突風で後ろに吹き飛ばす。
 しかし、何回飛ばしても、起きあがって向かってくる。

「無駄だ、彼らは私がコントロールしている。どんな状態でも、わずかな魔力で操作できるのだ」
 つまり、気絶させても無駄ということ、ならば身体的機能を奪ってしまえば済むことだ。
 だが元は人間、しかも魂を抜かれただけで生きている。

 ――俺には出来ない。

…その哀れみを捨てない限り、私には勝てないぞ?」

 気がついたら、五人の人間に周りを囲まれていた。

「どうした? そのままだとどこから攻撃されるかわからないぞ…
?」

 一瞬だった。
 一人の人間が俺の足にしがみつき、もう一人、さらにもう一人と俺に群がってあっという間に俺の動きは封じられた。

「くっ
…離せ! 離せよ!」
「無駄だと言っているだろう、彼らは人の言うことに聞く耳など持たぬ。そもそも考えるということが出来ないのだ」
 そう言いながら、ミカエルは腕を前に出し魔法を詠唱し始めた。
「貴様には失望した。まさかこれほどにまで弱かったとは…
。一瞬で消し去ってやる」
 ミカエルの腕の前に暗黒の力が集まってきた。
 暗黒の力は渦を作り、どんどん成長していき今にも放たれようとしている。

「消えろ、永遠の闇に身をゆだねるのだ」
 ミカエルは魔法を放った。
「暗黒波動撃!!!」
 それは一直線に、すごいスピードで飛んできた。
 動くことは出来ず、相殺すらも出来ない。

 ――終わりか…


 4

 死を覚悟した。
 目の前に迫る黒い魔力の渦を避ける術はなく、ただじっとそれを受け入れるしかないのだ。

「突風!」
 だが、奇跡が起こった。
 突然横から強風が起こり、俺の体は吹っ飛ばされた。
 直後、さっきまで立っていたところを暗黒波動撃が通り過ぎていき、それは後ろの民家に激突し、大爆発が起こった。

「だれ…
だ?」
 ミカエルが言う。
…そこかっ!」
 ミカエルが屋根の上目がけて黒い魔法の球を打ちだした。
 屋根の上にいた人物はそれをひらりとかわすと、俺の目の前に下りてきた。
「大丈夫か、司?」
「陽炎!」
 そこにいたのは、あの時去ったはずの陽炎だった。

「どうして
…」
「この辺でこの間魔法使い同士の戦いがあったと聞いたからな、帰り道をUターンして再び戻ってきたわけだ。すごい勢いで地面がえぐられていたっけなぁ
…」
「あ…

 それは俺の戦いの痕跡だった。
…冗談だ、ルシファーの一員がこの付近で暴れているという情報を前から聞いていた、 そこで様子を見るためにこの辺を捜査中だったのだ…。そして、やっと見つけたぞ…ミカエル」
「ふん…
キマイラの狗か」
 ミカエルは落ち着いた口調で話しているが、その顔は怒りに満ちていた。
「邪魔をしやがって、二人同時に消し去ってやる」

 ミカエルが再び腕を振り上げた。
 すると俺の横で倒れていた人間達が一斉に起きあがり、陽炎目がけて突進していった。
 だが、人間達が陽炎に触れた瞬間、光が走った。

…何?」
 人間達が、その場に崩れ落ちた。
「くそ
…、立て」
 しかし人間達は身動き一つしない。
「何故いうことを聞かない…

「電撃だ。この魔法を使って筋肉を痙攣させた。これでしばらく立つことは出来まい」
「…
っ!」
「行くぞ、ミカエル!」
 陽炎は高く飛び上がり、屋根の上に上ると、そこから光の矢を放った。
「雷電!」
 ミカエルも素早い動きでそれをかわし、体勢を立て直すと迎撃体制になった。
「黒弾!」
 ミカエルの手から黒い魔力の塊が何発も打ち出された。
 しかし、陽炎には触れもしない、それほど陽炎の速さは凄まじかった。

 そして陽炎はあっという間にミカエルの後ろを取った。
「稲妻!」
 手から稲妻が一直線にミカエルへと向かっていく。
「ちっ
…!」
 だが、ミカエルはすぐに振り返ると稲妻を相殺した。
「残念だったな陽炎!」
 そして再び黒弾の連射が陽炎を襲う。

 二人の戦いは、俺の戦いとは次元が違う。
 陽炎の動きも、ミカエルの魔法も、どちらもレベルが高すぎる。

 俺は
…。

 突然、二人の動きが止まった。
 何かに聞き耳でも立てるかのように、じっとしている。
「どうした
…陽炎?」
「しっ、黙れ司」
 二人は黙っている。
 さっきまで爆発の音でうるさかったこの辺りは、いつもの静けさを取り戻していた。

「サイレンだ」
 陽炎が言った。
「ちっ、常人の警察か
…、陽炎、今日の勝負はお預けだ」
「逃げるのか?」
「日を改めるだけだ、興が冷めた」
 そう言い残すと、ぱっと一瞬でミカエルは消えていった。
…逃がしたか」

 しばらくすると、多くの人が集まってきた。
 民家の窓から顔を出す者、遠くからおそるおそるこちらを見る者、たくさんだ。
「陽炎
…」
「しっ…
、司、俺と話すな」
「…
?」
 そう言うと、陽炎はとても小さい声で言った。
「お前が魔法使いだということがばれたら大変だ、魔法使いは俺とミカエルだけだ、いいな? お前は俺達との戦いに巻き込まれた一般市民ということにしろ、 わかったな」
 なるほど、陽炎は俺のことを気遣ってくれたのか。
 確かに俺はこの辺りに住んでいるわけで、俺が魔法使いだということがばれたら父上にどの位迷惑をかけるかわかったものじゃない。
「さらばだ」
 と、陽炎は目で訴えた後消えていった。

 5

 だが結局後始末を任されたのは俺だった。
 最初から最後までこの様子を見ていた者、そして被害者ということで警察に長々と質問された。
 しかし、本当のことを言っても通じるわけがないし、逆に怪しまれるとまずいので普通の一般市民を装い、何も知らないフリをした。

 ミカエルに魂を抜かれた者は、病院に運ばれたが昏睡状態らしい。
 医師達もお手上げで、現在の医療技術ではどうしようも出来ないという。
 まあ、恐らくこの先医療技術が進歩していっても魔法で魂を抜かれた人を元に戻すというのは難しいことだと思うのだが。

 あの日以来、この町は騒がしくなった。
 戦いがあった道は現在封鎖されており、全国の研究者が訪れて何が起こったのか究明しようとしていた。

 新聞やテレビでも取り上げられ、見出しは「戦慄!平和な町に悪魔の手!?」とか「現代に生きる魔女の末裔の仕業か!?」などと非科学的なことが普通に書 かれている。

 多少うるさくはなったのだが、そのおかげでルシファーに襲われるということはなくなった。
 俺はいつも通りに生活していれば問題なく、普通に学校へと通っている。

「司くん!」
 学校からの帰り道、俺は葵さんと出会った。
「あ、葵さん、今帰り?」
「うん
…あ、あの司くん…」
「ん?」
「この間はありがとう、もう少しで私も悪の道に向かっていたところだった」
「え…
、ああ、あのことか」
 そういえばミカエルのことがあってから葵さんと飛燕さんのことはすっかり忘れていた。
「私ね、飛燕と会ったんだ」
「え!!!」
「大丈夫だって
…別に竹刀で殴ったりなんかしてないよ」
「あ、そう…
よかったぁ…
「それでちょっと話をしたんだけどね。飛燕も随分苦労してきたんだなあって、私と同じような事を味わって苦しんできたんだって知ることが出来たの、殺人鬼 にも心があるのね」
「当たり前だよ! 
…って飛燕さん…どこまで話した?」
「どこまでって? 小さい頃両親を失って、独りぼっちだったときに悪い人たちに捕まって仕方なくお父さんを殺したって言っていたよ」
 さすが飛燕さん、重要なところはきっちりと省いてやがる。
「そうか、じゃあ俺に話したことと同じだな」
…司くん、どうしてあなたは飛燕と知り合ったの?」
「…
そ…それは」
 ヤバイ、こういうときに限って良い言い訳が見つからない。
 俺が魔法使いだということもさすがに明かせないし、飛燕さんが魔法使いだということを言っちゃったら、もっとまずいことになりかねない。
「あ、ここ」
「ん?」
「この間、戦いがあったんだってね」
 見れば、黄色いテープで進入禁止となっているあの日、ミカエルと戦った道の入り口だった。
「ここ、近道だったのになあ。もうちょっといい場所を選んで欲しかったよ」

 ――悪い。
 心の中で言った。

「ところで司くんは、この事件についてどう思う?」
「どうって?」
「ニュースで魔女とか悪魔とか言っているじゃない! あれ本当だと思う?」
「あ
…悪魔なんているわけないよ、馬鹿げていると思うよ」
 魔女はいないとは言えない俺。
「そう? 私はいると思うな」
「へえ…

「だって、家が爆発しちゃったんだよ? 拳銃やその手の類じゃ不可能だし、戦車なんてあるわけないし
…だとすると魔女がいるとしか考えられないじゃない」
 勘がいいなあ、この人は。
「じゃあさ、仮に魔女がいたとしたら
…それは悪いヤツだと思う?」
「え
…、そうねえ。魔女だから悪いとか、悪くないっていうのは単なる固定概念に過ぎない と思うの」
 うんうん…

「だから、魔女だっていい人はいると思うよ。そりゃあ悪い人だっているかも知れないけど、人間の中にも悪い人がいるようにそう人はごく少数だと思うんだ」
「そうかあ
…」
 正直ほっとした、こういう考えを持っている人がいるととてもうれしい。
 そう――魔法使いの全員が悪いワケじゃないんだ。
 陽炎だって俺のために戦った、飛燕さんだって、雪野だって悪いヤツじゃない。
 悪いのは…
ルシフェルだ。

「あ、もうそろそろ司くんの家だよ」
「おっ、気がつかなかった、いつもと違う道だからね」
「そうだね、私も変な気分。そうだ、今度司くんの家に遊びに行ってもいい?」
「いいけど?」
「本当? じゃあ明後日の日曜日に行くね!」
「ああ、待っているよ」
「じゃあねーっ!」
「じゃあ…


 そして葵さんは走っていった。
 普段の明るさを取り戻し、飛燕さんとのあんな事があっただなんて微塵も感じさせないような振る舞い。
 本当に良かったなあ、と口に出す。

「ただいまー」
 家に入ると、使用人が走ってきた。
「ああ
…! 司様、大変です」
「何? また父上が何か…

「いいえ、病院から電話がかかってきたのです
…、司様の実のお父様が危篤になられたと…

 俺は、それを聞いて何の感情も浮かばなかった。
 俺を捨てた親だ、別に会わなくても問題なんか無い。

「司様、車で送って差し上げますが」
「いい」
「は?」
「あんなヤツ、もう会いたくない」
「お
…お待ち下さい司様! ここで会わなくては後悔するかも知れません!」
「するわけなんかない! 頼むから
…放っておいてくれ」
「司様、聞きたいことがあっても…
もう聞けなくなるかも知れませんよ…
…」

 あいつに聞きたい事なんて…


 聞きたいこと…


「お願い、すぐに車を出して」
…はい!」

 俺は急いで着替えを済ませ、車に飛び乗った。
 親父が入院している病院は、高速道路を使って二時間の距離にあるという。
 その間の時間、俺はゆっくりと、話したい事について考えた。
 もう話せないかも知れないが、それでも考えた。

 俺についてのことが…
明らかになろうとしていた。

 つづく

<あとがき>
 物語はいよいよクライマックスに向けて動き出そうかな…? としております。
この話では、葵の過去と飛燕との関係、そしてルシファー最後の刺客ミカエルの登場について書きました。
 特に葵と飛燕の過去はトキノアメを書き始めたときから考え続け、練り上げたものなので特に気合い入っています。
 自分のお気に入りキャラが飛燕なのでついつい飛燕は力が入っちゃうんですよ。
 おかげで時雨の登場が今回少なかったようですが
…ごめんね時雨。
 今後のトキノアメは、ルシファーとの本格的な対決が始まり、司、時雨、飛燕、陽炎といった魔法使い達がそれぞれ戦いに巻き込まれていきます。
 さらに、その後ろで動く恐怖の計画、次々に明らかになっていく謎。
 さあーどーなっちゃうんでしょーねーっ!(本人もわからない)
 是非ご期待下さい。

<おまけ 宗堂 明の再挑戦>

※あらかじめ断っておきますが、ISMは決して2chネラーではありません。

前回のあらすじ:萌える熱血男宗堂 明の恋は見事粉砕したのであった!

 だが! 俺は蘇ったぜーっ!
 ははは、あの程度のことがあって俺はあきらめないのだ!
 見事時雨ちゃんのハートをズキュン(死語)だぜ!

 しかし
…今日もまた遅刻か。

「ですから、今後はしっかりと勉強を――」
「おはようございます
…」
「宗堂か、早く席に座れ」
「はい
…」
 もうみんな慣れちゃっているせいで反応してくれない。
 司が非常に冷たい目でこっちを見ているのがわかる、そんな目をしなくても…


 休み時間になった。

 くそー、時雨ちゃんと司はなんだか楽しそうにしているじゃないか。
 まさか時雨ちゃんが好きな人って…
いやいやいやいや、そんなはずはない。
 そーんなはずはないのだー!

 あ、司がズッコケた。
 むぅ、一体何を話しているのか気になるではないか、本編でも明かされていないんだから!
 まあ、いつもの事だろうが。

 さて
…そんな事はさておき、本気でどうやったら時雨ちゃんを振り向かせることができるか なあ…。
 そうだ! 次の国語の授業で格好良く発言をするんだ!
 そうしたら俺のことを少しは見直してくれるかも…! 「頭良いのね」とか!
 それ(・∀・)イイ!(2ch語)

 そして国語の時間。

「じゃあ――何故“私は”このような行動をとったのでしょうか? 誰かに答えてもらいます、えーっと宗堂」

 キタ━(゜∀゜)━!!!!(2ch語)

「ごほん、えー。この物語に登場する“私”は坊さんなわけですから、頭がつるっパゲです。ですから、きっと良い考えが浮かんでもちょっとの衝撃で簡単に忘 れちゃうんですよ。よって、この時に考えた、金閣を焼くということに関しては元々
“金閣を見ながら焼き芋を焼く”だったのですが、重要な部分を風で飛ばされてしまい、最終的に“金閣を焼く”になってしまったのです! でも、おかしいと は思わなかった“私”は――…」
「…
はい」
「はい、雪野、どうした?」
「反論を言ってもいいでしょうか
…?」
「いいぞ、『思う存分』言ってやってくれ」
「では失礼します
…、まず宗堂くんの考えは根本的なところから間違っています」
「「Σ( ̄Д ̄;)!!!」
「大体、なんで金閣で焼き芋をするんですか。いくら文章を深読みしてもそんなものは出てきませんし、今までの流れからいって金閣を焼きたいと思ったことは 間違いないのです。私の考えでは(中略)ですから、宗堂くんの回答はおかしいと思います…

 おおー、と教室中で拍手が鳴る。
「雪野、よくできたな」
 と先生まで時雨ちゃんをほめる。
 時雨ちゃんは赤い顔をして恥ずかしそうにうつむいていた。

 ちぃっ…
なかなか良い考えだと思ったんだけどなぁ…

 んで昼休み。
「宗堂くん」
「ん?」
 寝ていた俺は誰かの声によって起こされた。
「誰だ?」
「雪野です」
「時雨ちゃん! はいはい! 何の用でしょう!」
 がばっと跳ね起きる俺。
「宗堂くんって
…変な人ですね」
「はいはい! 変な人ですとも!」
「変な人は…
嫌ですから…司さんに頼みますね」
「おあ!?」
「司さん
…これ…ほどくこと出来ますか? かた結びになっちゃって取れないんです…」
「いいよ
ほら出来た」
「わあ…
ありがとうございます!」
「おあ…

「おい、明! 弁当食べようぜ、雪野さんも一緒にどう?」
「宗堂くんと一緒ですか? じゃあ今日は遠慮しておきます」
「わかった、じゃあまた今度ね」
「はい、すみません…

「おあああああああああ!!!!!」

 完

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第八話・平和の終わり