〜トキノアメ〜
ISM 作
<登場人物>
弥生 司…この物語の主人公で弥生家の養子、魔法使いである。
弥生 巌龍…司を施設から養子に迎えた男。
雪野 時雨…司のクラスに転校してきた少女、何故かルシファーと呼ばれる組織に狙われている。
宗堂 明…司の友人、常にハイテンション。
飛燕…魔法使い、司に魔法について教える。今は時雨のボディーガード。
霧崎 葵…司の幼なじみ。
ラファエル…魔導組織ルシファーのメンバー、炎系の魔法を扱う。司との戦いに敗れ命を落とす。
ウリエル…魔導組織ルシファーのメンバー、司をルシファーに引き入れようとして戦った。
ルシフェル…魔導組織ルシファーのボス、それ以外のことは不明。
<第五話 大地の鎧>
1
俺はベッドに横たわっていた。
窓からは夏の暑い日差しが燦々と差し込んでくる。
俺はウリエルとの戦いで力を使い果たし、葵さんに助けられてこうして屋敷に帰ってくることができた。
しかし河原で倒れていた俺を助けてくれたのが一体誰なのかはわからない。
助けてくれたのはありがたいが、公園のベンチに寝かしておくなんてあんまりな気もする。
今の時刻は昼間の三時、太陽がまだ高いところにある。
コンコンコン……。
「司様、失礼します」
「ん……どうぞ」
使用人が部屋に入ってきた。
「司様、ご友人がお見舞いに来て下さりました」
「誰?」
「霧崎様にございます」
「そう……いいよ、入ってもらって」
「はい、ではお連れします」
使用人は部屋を出て下の階へと下りていった。
そしてしばらくした後、葵さんが部屋に入ってきた。
「こんにちは、司くん、もう大丈夫?」
「葵さん……わざわざありがとう、明日には治ると思うよ」
「そう――よかった」
しばらく沈黙が流れる、葵さんがうつむいてしまったからだ。
「ねえ――司くんはどうしてあんな所に寝ていたの?」
「え……」
魔法使い同士の対決で力を使い果たして倒れてしまい、気がついたら公園のベンチに寝ていた――なんて口が裂けても言えない。
「どうしたの?」
「あ……いや……、何でもないよ……」
「夏だからって夜は冷えるんだから……公園で何もかけずに一晩中寝ていたら風邪引くのは当然よ」
「それはごもっともです」
ちなみに俺の症状は風邪ではない。
「それでどうしてあんな所に寝ていたか教えてよ」
「それは――、えーと学校でマラソンやって、帰る途中疲れて公園のベンチに座ったらそのまま眠っちゃったんだ!」
凄い言い訳だ。
「もう……すぐ近くが家なんだからもう一頑張りすればよかったのに……」
「反省しています……」
「それにね、この間この近くで殺人事件が起こったの、とても危ないから夜まで外に残っていたらダメよ」
「殺人事件?」
「そう――襲われたのは近くに住んでいた若者で殺されたあとケータイが盗まれたらしいんだけど……なんでケータイなんて盗むんだろうね」
「ケータイ……?」
嫌な予感がした、そういえばリードは俺をケータイの写真をあてに探したと言っていた。
ケータイの写真は普通の写真とは違ってケータイが無いと普通は見られない……、写していた若者もリードにメールで写真を送ったわけでもなさそうだし……。
そうすると……ケータイを盗むために殺した……?
それだけのために……?
俺を捜すため……だけに……。
「司くん?」
「ん?」
「どうしたの? 怖い顔しちゃって」
「ちょっとね……考え事」
「ふうん……そういうわけで夜は危険だから、ベンチなんかで寝ないようにね!」
「以後気をつけるよ、葵さんにも迷惑かけちゃったみたいだしね」
「え? 私は迷惑なんかじゃないけど?」
「でも遅刻しちゃったでしょ?」
「ううん、平気だったよ、だから心配しないで」
「そう? 本当に?」
「うん」
「へぇ……」
「もう! そんな風に言わないでよ!」
「わかったって……」
昔から葵さんはこうだ、人に気を遣うあまり強がりを言う。
実際には、彼女は遅刻したのだろう。
「そういえば、司くん……今の学校はどうなの?」
「どうって?」
「小学校や中学校の時みたいにいじめられていない?」
「ああ、その点は大丈夫、楽しくやっているよ。良い友達もいるしね」
「そう――よかった」
「ん?」
「司くん、いつもいつもいじめられていたもんね……、本当に可愛そうだった……」
「無視って――いじめられていた……って言うのかな?」
「うん、無視だって立派ないじめだよ、相手にされないって辛いでしょ?」
「それはそうだったけどさ、葵さんもいたしそんなに辛くはなかったよ」
「そう……?」
「ああ」
「……」
「……」
部屋に沈黙が流れる……。
俺は小、中学生のときは無視され続けていた、しかし葵さんはそんな俺に対して優しく話しかけてくれた。
俺が今ひねくれた性格になっていないのは葵さんのおかげだ。
「――じゃあ、私そろそろ行くね」
「うん、わざわざ来てくれてありがとうね」
よっとベッドから体を起こす。
「無理しなくて良いよ……寝てて」
「平気だよ、葵さんと話していたら元気になれたかな?」
「でも――」
立ち上がろうとした途端、足の力が抜けて床に倒れ込んだ。
「司くん!」
「イテテ……やっぱまだ無理か……」
葵さんに起こしてもらい、なんとかベッドに戻る。
「――ありがとう」
「もう……心配かけさせて……」
「すまないね」
「じゃあ今度こそまたね」
「じゃあなーっ」
バタン、とドアが閉まる。
急に独りぼっちになったような気がして寂しくなった。
「暇だな……」
一人でベッドに寝ているというのも随分暇なものだ。
「いいか……寝てしまおう」
そして俺は再び眠りの世界へと入っていった。
2
次の日、すっかり回復した俺はいつも通り葵さんと学校へ行った。
そして学校ではやたらにハイテンションな男が待ちかまえていた。
「よぉ! 司! 昨日はどうしたんだ!?」
「明か……、ちょっと体の調子が悪くてさ」
「おいおい、夏バテか? 試験前なんだからあまり休むなよな!」
「そういえばもう明後日はテストか」
「忘れるなよ! ところで昨日の世界史は超重要なところやったぞ〜」
「何?」
「試験に必ず出るから暗記しておけって」
「どこだ!? 教えろ!」
「ぐああ……首を絞めるな! 教えるから放せ!」
明はぜいぜいと少々咳き込んだあと、自分の鞄の中からごそごそと教科書を取りだして走ってきた。
「ここだ、63ページの年表」
「へぇ……随分覚えるところ多いな」
63ページにはぎっしりと文字が書いてある年表があった。
「全部覚えるわけないだろ、ここから……ここまでだ」
明は年表の最初から真ん中あたりまでを指さした。
「今度は随分少ないな、本当か?」
「本当だ! 俺を信じろ! トラストミー!」
「間違っていますよ」
俺も明も後ろを振り返ると、そこには雪野の姿があった。
「やあおはよう、雪野さん」
「グッドモーニング! 時雨ちゃん!」
「おはようございます、弥生さん、宗堂くん」
「……で間違っているところって?」
「はい――そもそもページが違っています」
「マジ?」
――呆れた。
一体この男は授業中何を聞いていたのだ。
「こっちです、53ページのこの表――これ全部暗記だそうですよ」
「へぇ……これだったら何とか覚えられそうだな」
「……」
明は呆然としている。
「どうした明?」
「き……昨日必死で覚えたのに……」
授業が終わった。
テスト前で部活もないためほとんどの生徒がさっさと帰ってしまう。
「おい、司! 一緒に帰らねぇか?」
この男もバスケ部がないため早く帰れるらしい。
「珍しいね、俺を誘うなんて」
「たまにはいいじゃないか! 友達だろう?」
「まあ一緒に帰るのもいいんだが……」
ちら、と俺は雪野を見た。
俺は雪野を家まで送っていかなければならないのだ。
「別に平気ですよ弥生さん、たまには宗堂くんと一緒に帰ったらどうですか?」
俺の気持ちを察したのか雪野が気を遣ってくれた――つもりなんだろうが俺は明とよりも雪野と一緒に帰りたい。
「優しいねぇ、時雨ちゃん。じゃあ持っていっていいんだな?」
「はい、私は平気ですから」
「ちょっ……雪野さんも一緒に……っ」
「よし決まり、さあ帰ろうぜ」
俺の意見を全く聞かないままずるずると俺を引きずっていく明。
雪野は笑ってその様子を見ている。
ちょっと雪野が心配な気もするが、まあいいか。
商店街を男二人で歩いていく。
明の家は駅から徒歩二十五分程度のところにある。
俺がバスに乗るバス通りまでは途中まで同じ道で、実際、高校に入ってからは明とこうして帰ることが多い、ただ最近は明が部活で忙しく、さらに俺も雪野を
送っていかなければならないので一緒に帰ることは
出来なかった。
「ところでよぉ司、聞きたいことがあるんだが」
明が俺に話しかけてきた。
「ん? なんだい?」
「お前いつからあんなに時雨ちゃんと仲良くなった! 毎日一緒に帰りやがってぇぇ!」
「いろいろとあってさ……、結構大変なんだよ。それに今日だって三人で帰ればよかったじゃないか、途中まで一
緒なんだし」
「ふざけんな! 時雨ちゃんが一緒だとこういうこと聞けないじゃないか!」
「……ひょっとして今日俺と一緒に帰ろうって言った理由って……」
「おう! そうだ! お前と時雨ちゃんとの関係をよぉーく聞かせてもらおうと思ってな!」
うわぁ……これは大変なことになりそうだ。
「どうして仲良くなったかはあえて聞かないようにしておこう、だが毎日一緒に帰るというのはどういうことだ?」
「どういうこともこういうこともないさ。ただ帰る時間も一緒だし、道もほとんど同じだから一緒に帰っているだけだよ」
「ほぅ……、その割には家の前まで行っているようだが……?」
「バスに乗ればどこから乗っても料金は同じだし、どうせなら家の近くまで――待て、お前は何故雪野の家を知っている? その前に何故俺が雪野の家の近くま
で行くって知っているんだ?」
「ハハハ……何でだろうねぇ……?」
目をそらす明、こいつたまにつけてきているな?
「まったく……一歩間違えればストーカー行為だぞ、家を知るために後を付けるなんて……」
「古典的な方法だが絶対必要なことなのだ!」
「何に」
「時雨ちゃんとラブラブ作戦パート2のさ!」
開いた口がふさがらないというのは正にこういうことだろう。
その前にパート1はどこだ。
「そんなわけで司! 今日から俺とお前とはライバルだ! 今度のテストで決着をつける!」
「何の!?」
「決まっておろう! 勝った方が時雨ちゃんに告白するのだ!」
「はぁ!?」
「ふはははは! せいぜい首でも洗っておけい! さらばだぁぁぁ!」
「待てコラ!」
ドピューンと走って帰っていってしまう明。
一体アイツはどういった頭の構造をしているのか……さっぱりわからん。
3
一人になり、歩きながら考え事をした、一昨日の戦いのことだ。
一昨日、俺は雪野の家の前でルシファーの一員に襲われた。その後、ウリエルとの激しい戦いの末、全魔力を解き放ち、アイツに勝った。
しかしウリエルが死んだかどうかという確証はない、俺自体確認していないからだ。もしも生きていたとしたら、今度もまた俺を襲ってくるに違いないだろ
う。
もう一つ……アイツは気になることを言っていた、
それは『この町で強力な魔力を持つ魔法使いをこの町で二人見つけた』ということだ。
この町で二人……、一人は女……この町に女性の魔法使いなんていたっけ?
なんかいたような気がしてならない、えーっと誰だっけなぁ……。
「司くん!」
ふと、声をかけられた。
振り向くとそこには飛燕さんの姿があった。
「あっ……飛燕さん、こんにちは」
思い出した、強力な魔力を持つ女性の魔法使いはこの人だ。
「今日は終わるの早いのね、時雨ちゃんは?」
「ええーと……今日は一人で帰っていったと思います」
ぴく、と飛燕さんの眉が動いた。
「司くん……それはどういうこと?」
しまった……。
「時雨ちゃんを守ってちゃんと頼んだじゃない! それなのにほったらかして自分だけさっさと帰って! 万が一時雨ちゃんの身に何かあったらどうする
気!?」
「すみません……今日だけなんですよぅ……」
「ああ、もーっ! 仕方ない! 私が代わりに時雨ちゃんを送っていくわ! じゃあね!」
「ちょっと待って下さい、飛燕さん! 俺も一緒に……っ!」
ピタ、と飛燕さんの動きが止まった。
「そう……? じゃあついてきていいよ、私と手をつないで」
「どうする気ですか?」
「魔法で時雨ちゃんのところにひとっ飛びするからね!」
「魔法でひとっ飛び……?」
「えい! 飛翔!」
その瞬間、体が浮いた。
気がつけばもの凄く高いところに俺達は立っていた。
「飛燕さん……! ここ高層マンションの屋上……っ!」
「しっかりつかまっていてね!」
「ちょっ……まっ……!」
屋根から屋根へ高速で飛び移っていく、それはまるで忍者のような動き。
軽やかなジャンプ、すさまじいスピード、俺はいま手をつないでいるというよりかろうじて手につかまっているといった状態、離せばもちろん命はないだろ
う。
「危ないってば……! ストップ! ストップだってば! ぎゃあぁぁぁぁ!」
やっと止まった。
どうやらここはだれかの家の屋根の上のようだ。
「どうしたんですか? 飛燕さん」
飛燕さんは険しい表情をして下を見ている。
俺も下を見てみた、そこは暗い路地裏の道だった。
人はいない……いや、いた。
雪野の姿と、赤いマントの太った男……。
「ウリエル!」
「しっ!」
飛燕さんが俺の口をふさぐ。
「なんですか……!? 助けないと……!」
「ちょっと様子を見ないと……下手に助けようとすると時雨ちゃんが危険な目に遭うわ」
「……!」
「ふふふ、大分手こずらせてくれたね……時雨。我々にはきみが必要なんだよ……」
「やめて下さい……、お願いですから……!」
「そう願われてもな、駄目な物は駄目だ。それに大丈夫、決して悪いようにはしない。少し俺につきあってもらうだけだ」
「……あれはナンパですか?」
「バカ!」
「嫌です……私を放っておいて下さい……!」
「放ってはおけない。何回も言わせるな、我々にはきみが必要なんだ……!」
「……」
「さあ、早く」
「……」
「じれったい! 無理矢理にでも連れて行く!」
ウリエルが魔法を詠唱し始めた。
「……っ!」
「飛燕さん! 早くしないと!」
「そうね、ちょっとやばそうみたいだし……」
飛燕さんは屋根から飛び降りた、俺も続いて屋根から飛び降りた。
俺は着地に失敗したが、幸いウリエルは気付いていない。
飛燕さんが炎の稲妻を放ち、ウリエルに命中した。
驚くウリエル、後ろを振り返って俺達を見た。
「貴様……! あのときの小僧! そして……飛燕!?」
「久しぶりね、ウリエル」
どうやらこの二人は知り合いのようだ、しかし今はそんなことは関係ない。
飛燕さんは炎の稲妻を、俺は旋風を放っていた。
「ふふふ……甘いんだよ!」
ウリエルが魔法を唱えると、周りから岩が集まってきて、ウリエルを囲んだ。
そしてそれらはウリエルの体に装備され、鎧となった。
俺の魔法も飛燕さんの魔法も命中したものの、全く効いていない。
「どうだぁ! これが最強の大地の鎧! さらに……!」
ウリエルは電柱を引き抜き折って手頃な大きさに変えると魔法を唱えた。
電柱は見る見るうちに形を変え、斧の形へと変化した。
「大地の斧!」
「なるほど、それがあなたの戦闘形態ね」
「そうだ飛燕、この状態ならばどんな魔法も通用しない。果たして俺に勝てるか!?」
「さぁ……? やってみないとわからないわね」
「ほほう……ならばかかってくるがいい」
戦闘が始まった。
ウリエルが斧を俺目がけて振り下ろす。
とっさにかわす俺、見ると地面に大きな穴が空いている。
左右が狭い路地のせいで動きがとりにくい、ウリエルにとって圧倒的有利な場所だ。
「火炎弾!」
飛燕さんが何発ものの炎をウリエルにぶつける。
激しい爆発が起こったが、ウリエルには効いていない。
「どうした、飛燕?」
斧を振り回して飛燕さんを攻撃する、飛燕さんは跳んでかわした。
しかしウリエルの魔法、石飛礫(いしつぶて)が命中し地面にたたきつけられた。
「飛燕さんっ!」
「司くん! 私はいいから時雨ちゃんと一緒に逃げて!」
雪野はさっきまで電柱があったところにいた。恐らく電柱の陰にでも隠れていたのだろう。
俺はウリエルの横を走り抜け、雪野の元へと向かった。
だがもう少しというところで目の前に何本ものの土の柱ができあがり、行く手を阻まれてしまった。
周りを見ても、上を見ても逃げられる場所はない、土の牢に閉じこめられたのだ。
「逃げようとしたって無駄だ、俺はここで飛燕を倒し、そして貴様ら二人を連れて行くのだ!」
「くっ……!」
旋風をウリエルに向けてはなってみたが、やはり効き目がない。
「そんなもの効かん! この間は油断して強烈な一撃を食らったが今回はあの一撃も通用しないだろう!」
「ならば……やってみようじゃないか!」
俺は全魔力を腕に注ぎ込み始めた。
「ダメよ! 司くん!」
飛燕さんが叫び、俺は中断した。
「全魔力を注ぎ込んだら……命に関わるわ!」
「そんなことを言われたって……ここでやらないと、俺だけじゃなくて飛燕さん達まで……!」
「やめておいた方が良いぞ、司」
ウリエルが言った。
「飛燕の言う通りだ、命を捨ててまでして手に入れた勝利に何の価値がある? 自分は大切にしろ」
「ウリエル……?」
爆発が起こった。
ウリエルの背中で煙がもうもうと上がっている。
「ほぅ……爆裂か」
飛燕さんが放った魔法だ。今までに見た中で最も強力そうな魔法だが、それすらも効いていない。
「だから無駄だ! 貴様の実力では俺には勝てない!」
石飛礫を連発するウリエル、飛燕さんはまだ立てない。
さっきの石飛礫が完全にヒットしていたのだ。
大量の石飛礫が飛燕さんに襲いかかる。全て命中し苦しそうな悲鳴を上げる飛燕さん。
助けたいが、俺は牢に閉じこめられ動くことすら出来ない。
旋風を石飛礫に当てて何発かの石の軌道を逸らすことは出来るが焼け石に水。
突風はウリエルに遮られ全く届かない。
「どうしたらいいんだ……!」
土の牢はとても頑丈で破壊することができない。
八方手塞がりとはこういうことを言うのだろう、正に絶体絶命。
「弥生さん……」
雪野が俺に話しかけてきた。
「雪野さん、逃げて! ここにいたら危ない!」
「いいえ……私がここは何とかしてみます……」
「何とかって……まさか連れて行かれる気じゃ……!」
「違います、もっと別の方法です…でも…」
「でも?」
「怖いんです……、とても……」
「……」
「でも……やるしかないです…! もう飛燕さんや弥生さんが苦しんでいるのは見たくないで
す!」
「なにを……」
雪野は目をつぶり、ゆっくりと腕を上げた。
「……雹(ひょう)!」
氷の玉が手からウリエル目がけて飛んでいった。
ピシィ……!
ウリエルの腕が凍り付いた。
これでウリエルは石飛礫を放つことが出来ない。
驚いてこっちを睨むウリエル。
「司……! 一体これは何だ……!?」
ウリエルは俺を疑っている。
「邪魔をしおって!」
ウリエルの横から土龍が現れた。
「牢ごと破壊してしまえ! 土龍!」
「……っ!」
「危ないです……!」
雪野が手を土龍に向けると土龍は凍り付いて粉々に砕けてしまった。
「なに……時雨……! まさかお前……!」
「ウリエルさん……、すみません」
突如、ウリエルの足下から尖った氷の柱が何本も現れ、ウリエルを鎧ごと貫いた。
「がはっ……!」
血を吐くウリエル、凍り付いた大地の鎧が粉々になって砕け散った。
そう、雪野は魔法使いだった。
4
ウリエルは地面に倒れ込んだ、最後にその体を――氷の柱が貫いた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ……!」
断末魔の叫びを上げ動かなくなるウリエル、その体はゆっくりと消えていった。
俺の周りの牢も、ウリエルが死んだと同時に砂へと変わった。
「飛燕さん!」
俺は飛燕さんの元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか? 飛燕さん!」
飛燕さんは笑顔を浮かべ、ピースサインを作った。
「ありがとう、司くん心配してくれて」
「平気なんですか……?」
「全然大丈夫じゃないわ、動けないし、石はいっぱいぶつかるし……もう体中痛くて痛くて、司くんが助けてくれなかったら本当に死んじゃっていたかも……」
「飛燕さん、あなたを助けたのは俺じゃないです」
「えっ……じゃあ……」
二人で雪野の方を見た。
「雪野さん……」
「あ……あの……私……私……」
「時雨ちゃん、あなたが助けてくれたの?」
「違うんです……! これは……あの……ただ飛燕さんが苦しそうで……」
「ありがとう」
えっ……と驚いた表情で雪野は飛燕さんを見た。
「時雨ちゃんが助けてくれなかったら私は今頃……」
「飛燕さん……弥生さん……ごめんなさい」
「なんで時雨ちゃんが謝るの?」
「だって……私は自分が魔法使いであることを隠して……私……怖かったんです」
「何が怖かったんだい?」
「もしも私が魔法使いだということを知ったら、弥生さんも飛燕さんも私のことを……その――嫌いになっちゃうんじゃないかと……」
「――そんなことあるわけないよ、雪野さんは雪野さんだよ。魔法使いだって何だってそれは変わらないさ。それに俺も飛燕さんだって魔法使いだ、魔法使いが
魔法使いのことを嫌うもんか」
「本当……ですか?」
「ええ、本当よ。司くんもたまにはいい事言うのね」
「ヒドイねそりゃあ、いつ俺が変な事言った?」
「さっきよ、何がナンパよ」
あ――そういえばそんな事言ったっけ。
「……これからも友達でいてくれますか?」
「もちろん!」
「当たり前だって」
今まで不安そうだった雪野の表情が一変して明るくなる。
「ありがとうございます!」
「ところで時雨ちゃん? 私が最初に会ったとき時雨ちゃんはルシファーに追われている理由はわからないって言ってよね?」
「あ……あれは……、ごめんなさい……本当はわかっていたんです……」
「ううん、責めているわけじゃないの。ルシファーが時雨ちゃんを狙う理由はきっと時雨ちゃんが欲しいからよ。きっと時雨ちゃんはとても魔力が高いんだと思
う」
「飛燕さん、魔力って何ですか?」
「魔力って言うのはね、魔法使いが持っている魔法の力のことで、魔力が高ければ高いほど高等な魔法を使うことが出来るの。ちなみに魔力を持たない人間は常
人って呼ばれているわ。それで魔力は修行によって高めることは出来るけど、それには限界があるの、だけど生まれながらにして持っている魔力は人それぞれ
で、中には生まれたときから強力な魔力を備えている人もいる…。そういう人の方が限界が普通の魔法使いよりも高いケースが多いから高等魔法を扱うことが出
来るようになるわけ」
「なるほど、みんながみんな修行したから高等魔法を扱えるというわけではないんだな」
「そう、しかも最近は常人と魔法使いの混血が多いから純血の魔法使いなんてなかなかいないの。両親が魔法使いだからといってもその親に常人の血が混じって
いることが多いから平均的に昔より魔力が低くなってきているわ」
「私は……代々、ほぼ100%純血の魔法使いです……」
「本当? 最近はこういう人珍し
いのよ、だから狙われているのよ」
「狙う理由は?」
「奴らは常人に復讐し、理想郷を作ると言っているわ。そのためには強力な魔力を持つ魔法使いが必要らしいのよ……だからといって人をさらっていっていいかなんてダメに決まっているわ。だから私は
時雨ちゃんを奴らから守る、その代わり隠し事は無しよ? わかった?」
「はい、よろしくお願いします!」
「……それから司くんに一つ聞きたいんだけど、どうして一昨日ウリエルと戦っていた
の?」
「どうしてって……俺がアイツに襲われたんですよ! 無理矢理変な物を飲ませられそうになって……、正当防衛です!!」
「魔法使い同士の戦いに正当防衛も正当防衛じゃないもないわ。つまり司くんもさらわれそうになったって事?」
「そうですねぇ……、そうなんじゃないでしょうか?」
「絶対そうよ、シャドゥ・ブラッドを飲ませられかけたんでしょ?」
「ああ……確かそんな名前だったかな?あれは何なの?」
「あれは他人を洗脳する薬、ルシファーの一員はたいていあの薬を飲まさせられているわ。あれを飲めば最後、心は悪に染まり、死ぬまでルシファーのボスルシ
フェルの言いなりになってしまう。ルシフェルが強力な魔法使いを手下にするために作り上げた非人道的な悪魔の薬よ!」
そんな物だなんて……驚きだ。
あそこで飲んでいたら俺もルシファーの一員となっていたのだろうか。
「強力魔法使いを手下にするためならば奴らは何だってするわ、司くんも気をつけてね」
「言われなくてもそうするよ、何故だか知らないけど俺も奴らのお気に入りになっちゃったみたいだしね」
「あと、今度からは絶対に全魔力を放つようなマネはしないで、死んじゃったら元も子もないわよ」
「わかったって……ってどうして俺が全魔力を放ったことを知っているんだ?」
「だって……あのときちょうど私が駆けつけたんだもの」
「ちょうどって……」
「本当にちょうど、ウリエルが吹っ飛ばされて司くんが倒れるところ」
「……まさかその後公園のベンチに運んだのって……飛燕さん?」
「ん? そうよ?」
これでやっとはっきりした、それはもう謎は全て解けた! って感じに。
「なんで家まで運んでくれないんですか! どうせなら最後までやって下さいよ!」
「だって……司くんの家知らないし……あの辺でよく会うからあの辺まで連れて行けば後は一人で帰れるかなぁ……って」
「だからといって公園のベンチはないでしょ! 友人に怪しまれたじゃないですか!」
「弥生さんベンチで一晩過ごしたんですか? 私、外で寝るの憧れなんです!」
なんだか気が抜けるような事を言っている人が約一名。
「はぁ……まああそこで倒れたままよりはマシでしたし……素直に感謝しておきます。ただ今度からはもう少しましなところにしてくださいよ」
「わかったわ、まかせておいて」
あまりまかせたくはないので今度からは気をつけるようにしなくては。
「空もすっかりオレンジ色に染まっちゃったわね」
「あっ、本当ですね、家に帰らないと心配されちゃうので私そろそろ帰ります」
「おう、俺も帰るかな、雪野さん一人で帰れ……いや送っていくよ」
「いいんですか?」
「またさっきみたいなことがあったら大変だしね」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、今日はここでお別れね」
「うん、じゃあな飛燕さん」
「さようなら」
バッと屋根の上を跳んで何処かへ消えていく飛燕さん、一体彼女はどこに住んでいるのでしょう?
そんな疑問はひとまず置いておいて、雪野を家まで送り届けなくてはならない。
俺は雪野と一緒に路地裏を抜け、大通りに出た。
「ところで、なんで人通りが少ない路地裏なんかにいたの?」
それを俺は疑問に思っていた、一人で路地裏に足を運ぶなんて危険すぎる。
「追われたんです……ウリエルさんに……」
「誰も助けてくれなかったのか?」
「はい、きっと周りの人からは父親と娘というような自然な光景に見えたのではないでしょうか」
いや、それはあり得ない。
父親と高校生の娘は普通は追いかけっこなんてしないだろう。
多分、見て見ぬ振りをしたというのが正しいのだろうが、彼女のためを思うとそんなことは言えない。
さて、そうこうしているうちに雪野の家に着いた。
「弥生さん……送っていただいてありがとうございました」
「いいよ別に、今日のことは俺の責任でもあるんだから、その埋め合わせもしないとね」
「そう……ですか?」
「そう、悪かったって思っているんだから」
「……ありがとう」
「……?」
なぜお礼を言うのかよくわからない。
雪野はうつむいてなにやら考えている。
「あの……私……言いたいことが――弥生さんに……あるんです」
……と、いきなり意味深げな事を言ってきた。
「なに?」
「前からずっと……言いたかったんですけど……」
「……!」
「私……弥生さんのこと……」
ちょっ……早すぎないか……この展開……っ!
「下の名前で呼んでもいいですか?」
ズゴッ!
期待して損した。
そんなことが前からずっと言いたかったのか?
「いーよ、別に」
何となく投げやりな返事、体中の気が全て抜けきった感じ、例えるならば魔力を全部放出しきった後みたい。
「じゃあ司さん、ありがとうございました」
「んだ、どーも」
言葉遣いもおかしくなってしまった。
しかも追い打ちをかけるように雪野は帰りがけに、
「明後日テストですね」
なんて嫌なことを思い出させてくれた。
5
テストは全然ダメだった、テスト勉強に集中できなかったからだ。
この二日間、俺はウリエルの言っていた魔女狩りが気になってずっと調べ続けていたのだ。
そして俺は魔女狩りについて書かれている文献を見つけた。
<魔女狩りに関する記録>
魔女狩りはかつてより世界各地で行われており、それは、つい最近まで行われていた。
古い書物によれば古来、魔術を扱うことが出来る人間は存在していたとされている。
西洋のある村では、魔術を扱うことが出来る人間は未来を視ることが出来るなどいろいろな面で役立っていたため、周りの人々も受け入れていたが、逆に気味
も悪く、疫病、天災、凶作などの厄事が起こった際にはその人が元凶だということになり、火あぶりの刑などにされ続けてきた。
いつしか、魔術を扱うことの出来る人間は普通の人間と共存できなくなり、その魔術を隠すようになって魔術を扱う人間は消滅されていたと考えられていた。
しかし十七世紀にもなると世界各地で魔術を扱える人間がいると確認され、災いをもたらすものとして、怪しげな人物を発見しては殺す、といったような現象
が発生していた。これがいわゆる魔女狩りである。
最近の調べでは、魔術を扱える人間はいないという考えもあり、魔女狩りは集団でのヒステリック症状だと見られている。
だが、実際に魔女を見たという報告は各地でなされており、未だに魔女狩りが続けられている地域も少なくはない。
さらに、俺はここ十数年でも魔女狩りが発生していることを知った。
集団ヒステリック――ウリエルが言っていた言葉だ。
確かにそれはそうかもしれない、魔法使いだって普通の人間と変わらず生活をしている。
魔法が使えるか使えないか、その差しか存在しないのだ。
しかしそれを人々は受け入れようとはしない、しかも魔法使いに対しては非情な仕打ちをする。
ウリエルも、俺と同じように過去に何かあったのかもしれない、
いや、ルシファーのボス、ルシフェルでさえもそうかもしれない。
だから常人に復讐をしようと考えている――というのは考えすぎだろうか。
なんにせよ、魔法使いと常人はずっと昔からこのようにお互いを受け入れず暮らしてきた。
常人が魔法使いを殺す、そんなことは許されない。
しかし魔法使いが常人に復讐をするというのも許されないことだ。
その間違いをお互いが気づきお互いを理解し合えたら――それは素晴らしいことなんだが――。
「司さん、帰りませんか?」
「お? 雪野さん、どうしたの?」
「どうしたのって……もう下校時刻ですよ、帰りのホームルームの時間、司さんはずーっとボーっとしてい
ましたね」
「あ……ちょっと考え事をしていたから……」
「もう……テストが終わったからって緊張を解いちゃダメですよ、この失敗を生かし次のステップ
に進んでいくんです!」
「失敗……? 雪野さんテストで失敗したの?」
「はい、失敗したのは英語だけですが……散々な結果でした」
「へぇ……、雪野さんで散々な結果ということは91点ぐらいか?」
「いえ、名前を書き忘れて0点です」
ドガッ!
机に頭から倒れ込む、確かにそれは散々な結果だ。
まあとりあえず、ぶつけた頭を押さえて雪野と一緒に下校しながら話すことにした。
いつもの道を歩きながら話し合う。
「ところでなんで名前なんか書き忘れたの? 普通は最初に書くし、試験終了五分前に試験監督の先生が『名前の書き忘れはないかー?』って言っていたじゃな
い」
「リスニングのせいです、試験始まったらまずは解答用紙と問題用紙が見やすいように机の上に並べて、それから名前を書くのですが、思ったよりも早くリスニ
ングが始まっちゃったので名前を書く暇がなかったんです」
「それで忘れちゃったんだ。でも試験監督の先生が言ったのは?」
「私、頭の中で今日の晩ご飯の献立はなんだろうなぁ……って考えていて気付かなかったんです」
……テスト中に晩ご飯の献立。
俺よりもボーっとしているんじゃないのか?つーか、それは完全に自分の責任だ。
「それは災難だったね」
「はい、今度からは名前を最初に書くようにします!」
燃えているなぁ。
「あ、もう家の前ですね、ありがとうございました」
「うん、ほんじゃね」
「さようなら、また明日会いましょうっ」
……プッ
雪野が家に入っていった後つい笑ってしまった。
テストで名前を書き忘れて0点……晩ご飯の献立……。
ああ! どうして彼女はこんなに可愛いんだ!
よーし、俺も今回の失敗を生かして次のステップに進んでいくか!
萌え……いや間違い、燃える俺であった。
そして帰り道、俺は道で男と出会った。
「お前、魔法使いだな?」
「あんたはだれだ?」
「俺の名は陽炎(かげろう)、人を追っている、協力してくれないか」
俺は、また大変なことに巻き込まれるのだった。
つづく
<注意>
今回登場する魔女狩りですが、実際にあった話ではないのでご注意。
<おまけ 宗堂 明の期末テスト>
問題と解答用紙が配られる。
最初は国語、言っておくが俺は今回全く勉強していない!
なぜならば時雨ちゃんとラブラブ……ってそれはもういいか。
さあ! かかってきやがれ!
なになに……、最初は漢字か? 畜生! わかるわけねーだろ?
結局全部当て字。
そして次は読解か!? これは得意分野だぜ! すらすらーっと……ん? これは難しいな。
問4、このときの筆者の考えを六十字以内で説明しなさい。
むむむ……わからないって……、ええい! しょうがねぇ! これしかないか!
俺には他人の頭の中を理解する力なんて到底ない、よって筆者の頭の中など説明のしようがない。
そしてテストが返ってきた。
結果は30点、勉強しなかった割にはなかなか良いせんだと思う。
お、赤字で何か書いてあるぞ?
問四の宗堂くんの考え方は実にごもっともです、実に独創的です。
よって今回だけは1点あげたいのですが、文字数が少ないため残念ながら点数はあげられません。ちなみに今回の追試は30点以下の人です。はっはっは!
ざまーみろ!
おわり
NEXT第六話・過去の傷
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