〜トキノアメ〜
ISM 作
<登場人物>
弥生 司…この物語の主人公で弥生家の養子、魔法使いである。
弥生 巌龍…司を施設から養子に迎えた男。
雪野 時雨…司のクラスに転校してきた少女、何故かルシファーと呼ばれる組織に狙われている。
宗堂 明…司の友人、常にハイテンション。
飛燕…魔法使い、司に魔法について教える。今は時雨のボディーガード。
霧崎 葵…司の幼なじみ。
ラファエル…魔導組織ルシファーのメンバー、炎系の魔法を扱う。司との戦いに敗れ命を落とす。
<第四話 魔の手>
1
七月に入ってもう一週間が過ぎようとしている、来週はテストということでクラス内もギターにピンと弦を張ったかのような緊張に包まれている。
もう本格的に夏が始まって、外ではみんみんと蝉が鳴いている。
現在は数学の時間、先生が二次不等式がどうとかこうとか言っているが暑さのせいで全然頭の中に入ってこない。
キーンコーンカーンコーン。
やっとだるい授業が終わった。
しっかし、なんで教室には冷房がないんだ……!
「よぉ! おはよ! 元気か!?」
明が暑苦しい笑顔で話しかけてくる。
ちなみに彼は今登校してきたばかり、これで21回目の遅刻だ。
「お前、数学の時間は決まってこないよな」
「だってさぁ面倒じゃん、分数のわり算とか方程式とかもうわけわからないよね」
「……お前さぁ、どうやってこの高校入ったんだ?」
一応進学校であるこの高校、分数のわり算ができない男が入れるようなレベルでは少なくともないはずだ。
「ん? 国語98点、英語91点、数学12点で合格したんだぜ」
「す……数学12点……」
ちなみに今回の受験合格者最低得点は三教科201点、この男こそが最低得点で合格したヤツか。
「お前はどうだったんだよ司」
「国語88、数学79、英語96」
「おお、天才」
「そんなことより明、お前暑苦しいんだけど」
「はぁ? それはお前もだろう? つーかこの教室の人全員暑苦しいぜ? 汗だくだくで」
確かに後ろを見ても横を見てもみんな汗をかいている。下敷きをうちわ代わりに使用する人もいるようだがあまり効果はなさそうだ。
「いや、一人だけ涼しげなヤツがいるな」
雪野だけは違うようだ、汗一つかかないでもの凄く涼しそうに本を読んでいる。
「雪野さん?」
「なんですか? 弥生さん」
「何であなたはそんなに涼しそうなんだい?」
「えっ……、涼しそうですか?」
「周り見てみなよ」
雪野は本を閉じて周りの様子をキョロキョロ見た。
「暑苦しいですね……」
「いや、それが普通なんだって」
「きっと私、雪国育ちですから」
「へぇ……」
雪国育ちだと何で暑さに強いのかよくわからない気がするが(むしろ普通は逆だと思う)
読書の邪魔っぽいので(視線でわかる)さっさと退散した。
キーンコーンカーンコーン。
ああ、また授業時間、今度は理科だ……。
「……というわけで試験まであとわずかだ。悔いの無いようしっかりと勉強するように」
やっとホームルームも終わり帰ることができる。
明はバスケ部にさっさと行ってしまい、俺はいつものように雪野と二人で下校する。
「暑いですね」
いや、全然暑そうに見えないのだが。
「弥生さんは今回のテストはいい点数とれそうですか?」
「いや、数学はダメだね苦手分野だ。出来そうなのは英語くらいかな? 雪野さんはどうなの?」
「私もダメですよ、満点は取れそうにありません」
「……」
大分慣れてきたが、やっぱり雪野の頭の中は理解できない。
「暑いですね」
「そうだね」
さっきから汗をかいているのは俺だけで雪野は全然汗などかかずさわやかな顔をしているのに暑いとは何事だろうか。
「よければ私の家に上がっていきません?」
「えっ?」
「いつも弥生さんにはついてきてもらっていますし、お礼も兼ねて冷たい麦茶でも飲んでいきません?」
麦茶がお礼だなんて安っぽいと贅沢は言ってはならない。
雪野が俺を家に呼んでくれる、それだけで幸せなことだ。
「是非!」
「はい、わかりました」
そして歩くこと十五分。
「着きました、ここです」
雪野の家は和風の木造住宅だった。
二階建てで広い庭がある、隣の高層マンションの日陰となっているが夏は逆にありがたい。
「どうぞ、あがって下さい」
「おじゃまします……」
玄関は冷房もついていないのにひんやりとしている。
「誰も……いないのか?」
「お父さんは仕事、お母さんは買い物かな?」
「そうか」
靴を玄関にそろえて家に上がる。
「私の部屋は二階だから先に行ってて下さい、あがってすぐ左の部屋です」
「わかったよ」
ギシギシとなる階段を上って木の扉を開けて部屋へ入った。
「失礼しまぁ〜す……」
部屋には本棚と箪笥が一つづつ、そして真ん中には低いテーブルがあった。
テーブルの前で腰を下ろし、部屋の様子を見てみる。
本棚には本がぎっしり入っている。
日本文学、外国文学、医学書、百科事典、図鑑……。
部屋の隅にあるサイドボードの上には電話の子機と写真が置いてある。
写真には小さい女の子とその父親と母親らしき人物が写っている。
小さい女の子は雪野とすぐわかった。三人ともとても幸せそうに笑っている。
「お茶入れてきましたよ」
雪野が部屋に入ってきた。
「悪いね、それにしてもいい家だね」
「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです」
「ここは雪野さんの部屋?」
「はい、そうですけど……?」
「いい部屋だね」
雪野は照れているのかうつむいて笑みを浮かべている。
「お茶もらうよ?」
「どうぞ」
そう言ってテーブルの上に用意されたコップに手を伸ばす。
コップには麦茶とたくさんの氷が入っていて、さわった瞬間ひやっとした。
麦茶を飲むと、喉から食道を冷たい麦茶が通っていく……。
「おいしー!」
思わず叫んでしまうほどその麦茶はおいしかった。
「どうしてこんなに美味しいんだろう?」
「水や氷が違いますから」
「水?」
「え……あ……はい」
「どんな水を使っているの?」
「えー……と、良い浄水器を使っているんです」
「へえ、良い浄水器ねー……」
確かに良い浄水器を使えば水はうまくなるがそれでも何か違う気がする。
本当に天然の水というような感じだ。
「……もう一杯もらえる?」
「はい――どうぞ」
そして、麦茶を四杯ももらい……。
「……それじゃあそろそろお暇(いとま)します」
「はい、また来てくださいね」
よいしょっと立ち上がり階段を下りて玄関まで来た。
ガチャ。
「あら? どちらさま?」
いきなり扉が開いて女性の方が入ってきた。
「あっ、お母さん」
「ただいま時雨、この人はどなた?」
「同じクラスの弥生さんよ」
「あ……どうもはじめまして……お邪魔しております」
「こちらこそはじめまして、時雨が誰かを家に連れてくるなんて珍しいわねぇ」
雪野の母親は雪野に瓜二つだ、違うのは髪型としわの数ぐらいか。
「弥生さんだっけ? もう帰るの?」
「はい、長い間お邪魔させてもらっていたので」
「そうですか、来てくださいね」
雪野の母親はぺこりと頭を下げる。
「はい、それでは」
「さようなら」
雪野は恥ずかしそうに顔を赤らめながら挨拶をした。
扉を閉め、続いて門を出て歩き出してちょっとの所で雪野の母親が追いかけてきた。
「どうしたんですか?」
「弥生さん……時雨をよろしくね」
「はぁ?」
「ボディーガードしてくれているんでしょう?」
「ええ……まあ一応……」
「あの子も転校してばっかりだし、あの性格だからなかなか友達が出来ないのよ。だから弥生さんが仲良くしてくれればそれがとても嬉しいわ」
「わかりました、安心してください」
一礼をして歩き出した。
次の角を曲がってバスに乗ればすぐに家に帰れる。
空が高くなったとはいえ五時過ぎになるとオレンジ色に染まっていく。
「早く帰らなくちゃな」
そして角を曲がろうとしたとき何か固いモノが俺の後頭部にぶつかった。
世界がくるくる回り出す。
耳がぐわんぐわんと響き出す。
頭が重くなり、目の前が暗くなっていく……。
そして俺はその場に倒れ込んだ。
2
目が覚めた。
辺りを見回すと建物の部屋の中だということがわかった。
部屋には何も置いていない。グレーのコンクリート壁と窓だけがある。
窓からはオレンジ色と黒の中間の色をした空が見える。
立ち上がろうとするとそれが困難であることがわかった。
手が後ろで縛られているのだ。
俺は何故こんな所にいるのだろうか?
何者かが俺を殴り、気を失わせて手をロープで縛りここに連れてきたとしか考えられない。
つまり誘拐されたということだろうか……?
だとしたら目的は何だろうか、身代金? そりゃあいっぱい取れるな、何せ俺の家は屋敷だ。
……まあ父上が俺のために身代金を払ってくれるかどうかはわからないけど……。
カンカンカンカン……。
階段を下りて何者かが来る。
カンカンカンカン……。
どうやら複数いるようだ。
カチャカチャ……カチ。
扉の鍵を開ける音がする。
カチャ……。
「起きていたのか」
扉が開いて入ってきたのは、若い男の三人組だった。
一人は小柄で、一人は痩せていて眼鏡をかけている、一人は太っている。
ズッコケ三人組?
「私たちのアジトへようこそ……」
メガネが話しかける。
至って冷静沈着と言った感じだ。
「アジト……?」
「そうなんですよね、ここは僕ちん達のアジトなんですよね」
太った男が言う。
「まったく手間をかけさせやがってよ! やっと見つけたぜ!」
小柄な男が叫んでいる。血の気の多いタイプのようだ。なんとまぁ……凄く特徴的な三人だ。
「さて……と、お前があの方を倒したことはもうわかっている。つまり隠し事をしたとしても無
駄だと言うことだ」
「あの方?」
「しらをきるな、身に覚えがあるだろう」
確かに身に覚えはある、こいつが言っているあの方とはラファエルのことだろう。
「……ラファエルのことか」
「そうだ」
「まったく凄い人がいるんですね、一般人がラファエル様を倒しちゃうなんてね」
「ラファエル様……?」
様付けで呼ぶと言うことは、この男達はルシファーのメンバーだろうか。
「そうだぜ、気付いたか! 俺らはルシファーの一員!」
「そう――そして今日、ここに来てもらった理由は他でもない」
「来てもらった? 違うだろ? 俺はここに連れてこられたんだ、強引にな」
「黙れ、いちいち細かいことに口を挟むな。私たちの主君ウリエル様がラファエル様をうち破った者と是非ともお前と会いたいと言う、そこでここに来てもらっ
たのだ」
ウリエル……またもや大天使の名前、ラファエルと肩を並べるぐらいの実力者なのだろうか。
その前に俺には何か頭の中で引っかかることがある。
それは――。
「何故お前らは俺がラファエルを倒した男だということがわかった?」
「ふっふっふ……そんな事、簡単なことだよ。真っ昼間――まあ夕方だったが公園で騒ぎが起こっている
のを一般人が気付かないと思うか?」
「――」
しまった、ひょっとしたら見られている可能性があるだなんて微塵も考えていなかった。
「しまったという顔をしているな。その通り、私たちは公園がある区域周辺を聞き込みに回り、そしてようやくお前とラファエル様との戦いを見ていた者を見つ
けたよ。
その者は自分が公園の傍を通ったときに公園が騒がしいのに気がついて公園の外からずっと見ていたそうだ。その時は自分が見たことを信じられなかったみた
いだが、私たちが聞いてみたら、戦いの様子を教えてくれたよ。さらに、戦っていた青年をカメラ付きの携帯の写真に納めていた。それを元に私たちはお前を捜
し続け、ようやく見つけたのだ」
「――!」
「ショックのあまり何も言えないようですね」
「ふん……、まあそれも仕方があるまい。そろそろウリエル様がお見えになるだろう、おいボン
グ出迎えてこい」
「ええ〜、人使い荒いですねぇ」
「給料が入ったら、ポテトチップスを三十袋買ってやるさ」
「それならばいいですよ、行って来ます」
ボングと呼ばれた太った男はポテトチップスで買収され、外に出ていった。
「さて――、ウリエル様がお見えになるまで何かして欲しいことはあるか?」
「この縄をほどいてくれ」
手を縛っている縄がさっきから痛いのだ、それに手さえ自由になれば何とかここを脱出できるかも知れない。
「駄目に決まってるんだろぉ! 変な真似されたらかなわねぇからな!」
「それは怖いということか?」
「何ぃ……」
小柄な熱血野郎が一歩前に踏み出してきた。
「怖い……だと? 俺がか……?」
さらにもう一歩。
「この小僧……! 殺してやるっ!」
男の手の上に光が集まる。
「やめろクルド」
「しかしよぉ! この小僧、俺のことを挑発しやがったんだ!」
「短気がお前の弱点だ、少しは私のように冷静になれ」
「……ちっ」
クルドという名の男はしぶしぶ後ろに下がっていった。
ギシッ……、ミシミシミシミシ……。
上の階からなにやら音が聞こえる。
パラパラと天井から埃が落ちてきた。
「来たようだな」
ガン! ガン! バキ! ガラガラゴロゴロゴロ……ドッスーン!
盛大な音とともに部屋全体に衝撃が走った。
何か重い物が階段を転げ落ちたような感じだ。
ガチャ……。
入ってきたのは先ほど出ていったボングだった。
「いてて……、階段で足を滑らしちゃったよぉ」
「この大馬鹿者め、それでウリエル様はどうした?」
「もう来ましたよ〜」
ドーン……ドーン……ミシミシミシ……。
何者かが階段を下りてくる音が聞こえてきた。
どんどん下りてきて、そしてついに部屋の前まで来た。
「どうぞ、ウリエル様、こちらでございます」
ウリエルが部屋に入ってきた。
3
ウリエルは恐ろしいほどの巨漢だった。
身長は軽く二メートル三十センチを超えているだろうし、横幅も常人とはかなり違う。
服装はラファエルと同じ赤いマント、前にもどこかで見たような気が……。
「貴様がラファエルを倒した者か……会いたかったぞ……!」
ウリエルの声は地の底に響くほど低い、体の芯がぞくぞくする。
「ボング、クルド、リード、ご苦労だった。……さて、俺が貴様を呼んだ理由はただ一つ、ラファエルを倒すほどの実力者と会ってみた
かったのだ……!」
「そんな事のためだけにこんな所に監禁するのかい?」
「監禁……とは人聞きが悪いな、貴様もわかっているだろうが俺も貴様も魔法使い同士、人目に
付く場所でこの手の話をすることは出来ないのだ」
「この手の話? まあ会いに来るだけじゃおかしいと思ったけどな」
「ふふ…ならば早速話そう、貴様は俺らルシファーのボス、ルシフェル様の配下とならないか?」
「はあ?」
ルシファーのボス、ルシフェルの手下になれ?
冗談じゃない、雪野や飛燕さんを襲ったルシファーの手下などになる気など更々無い。
「断る」
「……まあ当然だろう、だが、俺の話を聞けばその気持ちも変わるだろう」
「……」
「貴様は知っているか、魔女狩りを……」
「魔女狩り?」
「この世界では特別な能力を持つ者は危険視される。例えば疫病や凶作となったときはその特別な力を持つ者が真っ先に疑われるのだ。実際に西洋、北米、そし
て東洋……各地でそのような事件が起こったときに大量の魔法使いが殺された」
「……」
「すでに集団ヒステリック状態だ、現代の世の中では魔法使いだというだけで狙われ、そして殺される。常人どもは俺らを災いをもたらす者として扱っているの
だ。貴様にも一度や二度、覚えがあるだろう? 少しばかり違った能力を持っているからという理由から、邪悪な存在として扱われたことが……!」
……無いとは言えない。
確かに俺の人生はそんなことの繰り返しだ。今の高校ではまだそんなことはないが、それでももし、俺が魔法使いだと言うことが知れたらどう
なるかはわからない。
「よって、俺らルシファーは常人どもに復讐することに決めた。そのためには強力な魔力を持つ魔法使いが必要だ、そして見つけたのだよ。この町で二人……、一人は女、もう一人は貴様だ」
「……なるほど、復讐のため……か」
「そうだ、憎き常人どもを皆殺しにするのだ。そしてルシフェル様の理想郷がこの世に誕生する……!」
「理解できないね、どうしてそんな事をする必要があるのか。普通の人間が俺達のことをどう思うかはわからないが、そんなヤツのことなんかどうだっていい
じゃないか、無視すればいい。いちいち気にするからそんな憎しみが生まれるんだ」
「……貴様はまだ本当の地獄を見ていない」
「本当の地獄……?」
「それよりどうなのだ? 俺らと手を組むか? それとも腐りきった常人どもの社会で忌み嫌われながら生きていくのか……!」
「答えは変わらない、断る」
「……そうか、ならば奥の手を使うしかあるまいな……」
ウリエルは懐から赤黒い液体の入った小瓶を取り出した。
「これはシャドゥ・ブラッドと呼ばれる魔法薬だ。これを飲み干せば貴様はルシフェル様の言いなりとなる」
「無理矢理俺を引き入れようと言うのか?」
「仕方がないのだ、常人どもに復讐するためにまずは貴様が必要なのだ……!」
いよいよマズい状況だ。
手は縄で縛られており、目の前ではウリエルが怪しげな薬を俺に飲ませようとして近づいてきている。
……あれ? 後ろで縛られている手に力がこ
もった瞬間、縄がバラバラと千切れた。
そうか、俺は魔法を使えるんだった。
「さあ、飲むがいい!」
「悪いけど……そういうわけにはいかないんだよ!」
「ぬっ!?」
「突風!」
掌から猛烈な風が起こり、ウリエルのその巨大な体を吹き飛ばした。
ウリエルが床にたたきつけられた瞬間もの凄い震動が起こった。
俺は走って出口を目指した、幸いウリエルは腰を打ったらしく立てない様子だ。
「く……! ボング! リード! クルド! ヤツが逃げる
ぞ! ヤツを捕まえろ!!!」
扉を開けて階段を勢いよく上に上った。
一階に出ると、そこにはさっきの三人組が待ちかまえていた。
「ここは通さないよお!」
「ウリエル様に逆らうとは……正気の沙汰ではないな」
「やっと貴様をぶっ飛ばせるぜ!」
「……っとお、よけいな争いはしたくないんだけど……どいてくれない?」
「ふざけるなっ……!」
クルドは手元にあった置物を取ると、魔法を唱え真上に投げた。
「……?」
「ふふん! 上を見な!」
言われるがままに上を見ると、置物が頭上目がけて落下してきた。
俺はそれを旋風でバラバラにすると、クルドにも旋風で攻撃をした。
風の槍に貫かれ苦しむクルド。
「ぐうっ……、何故相殺が出来た……!?」
「クルドよぉ……上を見な!だなんて――余計なことを言う
からよぉ! さて、僕ちんがお前を捕まえてご褒美にポテチを買ってもらうぞぉ!」
ボングは両手を合わせて魔力を溜め始めた。
「ふはははは! きみにこれがかわせるかなぁ! 僕ちん最強の魔法! 波動だよぉ!」
もの凄い光が手の中に集中している。だが……。
「旋風!」
「ぎゃあ〜っ!!!」
ボングも呆気なく倒れた。
「その魔法、もう少し使う時を選んだ方が良いよ、放つまでに時間がかかりすぎだもの」
ヒュッ!
……と危ない、顔のすぐ横を光の矢が走っていった。
「炎の稲妻だ……私はこの二人のようにはいかないぞ……!?」
リードは距離を置き、机を挟んで炎の稲妻を連射してくる。
その連射速度は恐ろしいほど早い、炎の稲妻が連なって一直線の光線のように見えるほどだ。
ヒュッヒュッヒュッヒュッ……
炎の稲妻をかわし続ける……しかしこうしていても当たる
のは時間の問題だ。
かといって炎の稲妻よりも早く魔法を使う自信がない。
もし立ち止まれば機関銃のように連射されている炎の稲妻に連続で当たってしまうからだ。
「ふん……ずっとかわし続けおって! これならどう
だ!?」
目の前で突然爆発が起こった。
「――!」
「ふふふ、下級クラスの爆発系魔法だが足止めには役立つな」
「しまっ……!」
素早く反対方向にステップ移動を試みたが足がもつれてその場に転んでしまった。
「もらった!」
リードは机の上に乗り、下で倒れている俺目がけて炎の稲妻を連射した。
「――っ!」
……ってアレ? 何も感じないので上を見てみた。
リードは確かに俺の左肩に炎の稲妻を当てている、だが痛みも何も感じないのだ。
ひょっとして……。
その場で立ち上がった、リードは驚きと焦りが混じったような表情で俺に炎の稲妻の連続射撃をしている。
「その魔法……威力ないでしょ」
「くぅっ……!」
「旋風!」
「ぐあぁぁっ……!」
リードは後方に吹き飛ばされ、壁にたたきつけられてた。
「何故だぁ……っ! こんなはずではっ……!」
そう言ってすぐにリードは気を失った。
4
「……さて、早く逃げるか」
扉を開けて外に出た。
川が流れているのが見える、どうやらここは河川敷に立てられた小屋だったようだ。
急いで河原の坂を上に上った。
町中まで逃げれば安全なはずだ。
まさかウリエルとて町中で戦闘を開始するほど常識はずれな人物ではないだろう。
だが、坂を上る途中突然坂が隆起を始めまるで俺の行く先を阻むかのように壁へと変化した。
「俺から逃げられると思うなよ! 貴様!」
後ろを振り返ると坂の下にはウリエルが立っていた。
壁目がけて旋風を打ち込んでみたが効き目がない。
俺は別の方向から逃げようとするが、行く先全てに壁ができあがり逃げることが出来ない。
ならば、ウリエルを倒すしかない。
旋風をウリエル目がけて放った。
「大地の盾!!!」
ウリエルは隆起した地面の盾に守られ、攻撃は容易く受け止められてしまった。
「無駄だ! さあおとなしくこっちへ来い! ルシフェル様に従うのだ!」
「断る!」
「……ならば力で貴様を無理にでも引き込んでやる!」
お互いの間に緊迫した空気が流れる。
俺の作戦はもう決まっている、ラファエルの大地の盾は旋風で貫くことが出来たが、ウリエルの大地の盾には全く通用しなかった。
ならば、俺の魔力を全部開放し一撃必殺を狙うしかない。
しかしやったことがないので放つのにどの位の時間がかかるかわからない。
だがウリエルはあの体格だ、身のこなしが早いとは到底思えない、
そこで相手の裏に回って一気に開放する。
「覚悟は出来たか貴様?」
「ああ、腹を決めたよ」
「ならば行くぞ! 落石!」
ウリエルは足下にあった大きな石をつかむと魔力を込め上に投げた。
ふっ、と石が消えた。
「……?」
一体何をやったのかわからない……がしかしすぐに気がつ
いた。
あの三人組の一人クルドが使った魔法と同じ魔法だ。
上から降ってくる石を旋風で破壊した。
「やるな……貴様!」
「気流!」
俺を風の鎧が守る、効き目があるかどうかはわからないが何もしないよりはマシだろう。
「土龍!」
ウリエルは地面に拳をたたきつけた、すると地面から連なった岩の塊が出現し、
俺を目がけてうねりながら襲いかかってきた。
それは形容するならば岩の蛇という言葉がぴったりだろうか?
俺は坂を勢いよく駆け下りた、しかし横から岩の蛇に襲われた。
ドンッ……!
鈍い音がして、俺の体は宙を舞った、体当たりが命中したのだ。
起きあがろうとしても体がふらふらする、まるでアメフトのタックルを食らったようだ。
しかし立ち上がろうとする間もなく、再び岩の蛇は襲いかかってきた
――今度は頭目がけて。
バキッ……!
「殺ったか……、ちっ、つい手加減をしないで戦ってしまっ
た……貴重な人材を亡くしたな……、戻れ土龍」
土龍は動かない。
「どうした? 地に舞い戻れ土龍よ」
すると、土龍にヒビが入り粉々に砕け散った。そしてその砕け散った破片は四方八方に飛び散った。
「なに……?」
もうもうと立っていた土煙が一瞬にして晴れた。
「どうやらこの気流が俺を守ってくれたよ……」
「おのれっ……!」
最初の一撃を俺に食らわせたとき、土龍自身もダメージをうけた。
第二撃目の時には、気流によって俺に触れる前に破壊されたのだ。
「くそうっ……」
ウリエルが驚いている間、俺は次の行動をとっていた。
素早く走りウリエルの裏に回り、全魔力を開放する。
「貴様っ……! 何をする気だ!?」
ウリエルはゆっくりと後ろを向いた、そして俺が全魔力を解放しようとしているのを見るや否や目の色を変えた。
「やめろっ……! 大地のた――」
「烈風!!!」
俺の方が早かった、空気が渦を作りウリエルはその渦に巻き込まれて吹き飛ばされ、そして地面に倒れ込んだ。
5
俺の足に力が抜けた。
いや、足だけではなく体全体の力が抜けた、魔力を全部使い切ったからだ。
ウリエルは動かない、この間に逃げなければならないのに立つことが出来ない。
早く……早く逃げなきゃ……ヤツが起きてしまう…!
体は脳の命令に反し、動こうとはしてくれない。
全身の感覚が抜けていく。
地面に仰向けに倒れ込んだ。
星空が見える。
早く帰らないと……家で心配しているだろうなぁ……。
まぶたが重くなっていく……猛烈に眠い。
緊迫した状況が続いたからか、それとも夜遅いからか……と
にかく眠い。
そのまま俺は眠りの世界へと落ちていった……。
あっちいけよ!
近寄るな!悪魔!
お前のせいで運動会は負けたんだ!
お前のせいで……!
こいつが原因だ!
司!
弥生!
「司くん!」
目が覚めた。
頭がぼやっとする、周りを見ると……ここは……公園?
やたらまぶしいと思ったら、太陽が燦々と輝いている。
「どうしてこんなところにいるの!?」
横には……。
「葵……さん……?」
ここは俺の家に近くの公園のベンチの上。
「制服も泥だらけじゃない……何やっていたの?」
「い……いや、別に気にしないで……。それよりも、家に帰らないと……」
「えっ? 学校行かないの?」
「学校!?」
「うん、だって今七時だよ?」
「七時!?」
はっ、と体を起こす……がまたばったりと倒れてしまっ
た。
「司くん!」
「悪いね……今日は学校一緒にいけないから……先……行っていいよ」
「そんなこと言っても……体ボロボロじゃない!」
「平気……だから……」
ゆっくりと立ち上がってヨロヨロと歩いて屋敷へ戻る。
しかし、またクラクラと目まいをおこし倒れてしまう――と葵さんが肩を貸してくれた。
「家までおくってあげるよ、私の肩につかまって」
「でも……葵さん遅刻しちゃうよ……」
「一日ぐらい平気だよ、それよりも弱っている人は助けてあげなくちゃ」
「悪いね……」
そうして俺は葵さんの肩につかまって(全体重をかけるわけにはいかなかったが)屋敷へと帰り着いた。
葵さんにお礼を言ってから、心配してくれた使用人に学校に連絡を頼んで自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。
そしてまた、俺は眠りの世界に落ちていくのであった。
つづく
NEXT第五話・大地の鎧
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