〜トキノアメ〜
ISM 作
<登場人物>
弥生司…この物語の主人公で弥生家の養子、魔法使いである。
弥生巌龍…司を施設から養子に迎えた男。
雪野時雨…司のクラスに転校してきた少女。
宗堂明…司の友人、常にハイテンション。
飛燕…魔法使い、司に魔法について教える。
<第二話 刺客>
1
珍しく朝早く起きたおかげで始業30分前に余裕を持って学校に到着した。
まだほとんどクラスメイトも来ていないみたいである。
こういう静かなときにすることはただ一つ、寝ることである。
朝早く学校に来ておいて寝るというのはもったいないかも知れないが、学校に行く前に眠るのと学校に着いてから眠るのとではかなり気分が違う。
家で寝ていた場合遅刻する可能性があるが、学校では遅刻という事があり得ない。
というわけで机に寝そべって目をつぶる。
朝の日差しを浴びながら眠るのは最高だ……。
ゴンッ!
後頭部を強く打たれた。
振り返るとそこには満面の笑顔を浮かべた明が立っていた。
「なんだよ明、こんな朝早くから来るなんて珍しいじゃないか」
「いや、それはこっちのセリフだぞ、お前こそ遅刻の常習犯じゃないか!」
「常習犯じゃない、来るのはぎりぎりだが遅刻回数は0だ」
「マジ? 俺の方が多いじゃん」
ちなみに彼の遅刻回数は15回、学年トップである。
「まあ、どういう風の吹き回しか知らないが、ぎりぎりコンビが揃ったわけだな!」
何故か明は嬉しそうだ。
「変なコンビを作るなよ、とにかく俺は眠いんだ、放っておいてくれよ」
「おいおい! いつも校門からダッシュで教室まであがってきた仲じゃないか! 珍しく朝早く会えたんだから何か語り合おうぜ!」
よく考えたら俺がこいつの友人になったのはこれが原因だったのかも知れない。
「いい加減邪魔しないでくれよ、お前も寝たらどうだ、すっきりするぞ?」
「そうかい、じゃあ試してみるわ」
後ろの席に戻って眠り始める明、ああすっきり。(邪魔者がいなくなって)
俺もまた机に寝そべる、こうしているだけで幸せな気分に浸ることができる……。
つんつん。
誰かが背中をつっつく。
まあどうせつつくヤツなんてあいつ一人しかいないから無視をしておこう。
つんつんつん。
しつこいな……。
つんつんつんつんつんつんつんつん……。
「あー! もう! いい加減にしろ――」
起きあがると俺の背中をつっついていたのは雪野だということがわかった。
「――とごめん、雪野さんどうしたの?」
「あ……えーっと……」
ずいぶんとおびえた表情(いつもだけど)、脅かしちゃったかな?
「昨日はありがとうございます……、それからごめんなさい、昨日あんな事しちゃって……」
「あんな事?」
「はい、すぐ走って帰っていってしまったことです」
「……? それがすまないことなのか?」
「いや……何か気を悪くしなかったか……と」
「別になんとも思わなかったよ」
「でも、あのときちょっと悩んだような顔をしてうつむいていましたよね……?」
「ああ、それは俺がまほ――」
ゲフゲフとわざとらしく咳をする。
危ない危ない、魔法のことを話したらまずいんだった。
それにそんなこと話しても普通信じてもらえないだろうし。
「まほ?」
「え……いや、なんでもないよ」
「いえ、なにか言おうとしていましたよ……?」
「いや、それこそ気にしないでくれる?」
「でも確かまほって……」
やばい、かなりしつこい、こうなったら……。
「うちのおばさんの名前だよ!ほら真穂って名前!」
「は?」
わけのわからないウソをつく、だいたい俺におばさんなんていない。
「真穂って……読み方は“まお”ではないのですか?」
「う……」
鋭い、……というか何故そこまでこだわる?
しかも彼女の目は真剣だ。
「本当のことを言ってください、何か言おうとしていましたよね?」
「ううう……」
いいウソが浮かばない、しかも頭の中にはメキシカンタコスという謎の単語が浮かんでいる。
周りをきょろきょろと伺ってみるが、幸い俺と雪野、それからいびきをかいて爆睡している明以外には誰もいないようだ。
「ここだけの話だよ……?」
「はい」
「俺が悪い男を倒すのに魔法を使っちゃって、それを見た雪野さんが怖いと思ったとしたら悪かったなぁって思っていたんだ!」
あぜーん。
……というわけではなさそうだ、雪野はさっきよりもおびえた表情でこっちを見る。
「雪野さん?」
「……」
雪野は黙ってしまい、自分の席に座ってうつむいてしまった。
それこそ正に困った……どうリアクションして良いのか分からない。
何か悪いこと言ったかな……?
気がついたら授業が始まっていた。
後ろで寝ていた明が先生に注意されている。
だが、雪野の様子は依然変わることなくずっとうつむいたままだった。
2
放課後、やはり気になるので雪野と話してみることにした。
雪野はちょうど帰る支度を終えていたところだ。
「雪野さん、ちょっといい?」
「……」
俺を無視して(完全に無視というわけではないが)帰ろうとする雪野を追う。
「雪野さん、俺なにか悪いこと言った?」
「……」
雪野はスタスタと歩いて校門を出ていく、それを俺も追う。
お互いに無言のまま学校の通学路を歩いていく。
だが、昨日雪野が男に襲われた道に来たとき、ぴた、と雪野の足が止まった。
「弥生くん……、逃げて……」
「は?」
前を見ると、そこには赤マントの男が立っていた。
「あの男かどうか――」
「逃げて!」
力一杯叫ぶ雪野、すると赤マントの男が口を開いた。
「やっと見つけたぞ、小娘」
不気味な笑いを浮かべながらゆっくりと近づいてくる男、雪野の肩ががたがたと震えているのが後ろから見てもよくわかる。
あの男は危険だ……俺の五感がそう告げる。
だが雪野はまったく動こうとせず、ただ震え続けているだけだ。
「雪野! こっちだ!」
ととっさに雪野の手を引き、今まで来た方への道へと逃げる。
「無駄だ」
男がそういった瞬間、閃光が走り俺の肩をかすった。
「つっ……!」
少しかすっただけなのに激痛が走る、見れば真紅の血で制服のワイシャツが染まっている。
一体奴は何をした……?
「我々を前にして逃げられる者など皆無」
「我々……?」
「さあ、時雨、こっちへ来い」
びくっ、と肩を震わせる雪野。それでも彼女は逃げようともせず目に涙を浮かべてじっと立っている。
――いや逃げようともせず、というのは間違いだ、彼女は恐怖のあまり逃げられないのだ。
「早くこっちへ来い、来ることができないのならばこちらから行くぞ?」
さっきと同じようにゆっくりと近づいてくる男。
俺は痛みをこらえて雪野と男の間に立った。
「何の真似だ小僧。さっきよりも痛い目に遭いたくなければそこをどけ」
危険なのはわかっている、さっき受けた傷からはまだ血が流れ落ちている。
「早くどけ、私は短気なのでな」
どうすることもできないのもわかっている。
「どうやらよほど痛い目に遭いたいらしいな」
だが……! 俺はこの男が許せなかった。雪野は怯えている。
「食らうがいい」
男は手を出し、掌を上に向けると手が燃え上がった。
いや、燃え上がっているのではない、手の上に炎が乗っているのだ。
「爆炎」
次の瞬間、炎が俺を目がけて一直線に飛んできた。
炎が俺にふれた瞬間爆発が起こり、俺は飛ばされてアスファルトの上にたたきつけられた。
「弥生くん!」
雪野が叫ぶ。
「お前……一体何を……?」
「知りたいか?いいだろう、冥土の土産だ、教えてやろう……私が今使ったのは魔法。私は“魔導組織ルシファー”の者だ」
「ルシファー……?」
ルシファー――旧約聖書に登場する堕天使の名として用いられた名前だ。
それより前に、こいつは魔法を使ったと言った、つまり魔法使い……?
「聞いたことがあるはずもなかろう。我々ルシファーは裏の世界で暗躍する影の組織なのだ」
「その……影の組織が何故ここに……?」
「時雨を連れ去りに来た」
「!!」
何なんだ、何故雪野が狙われているんだ?
「驚いているな、まあお前には関係ないことだ……そろそろ消えろ」
すると、さっきよりも大きな炎が手の上に現れた。
「大丈夫だ、熱いと思う前にお前は灰になっている」
男はそういった後に呟くように言った。
「業火」
再び炎が一直線に俺を目がけて猛スピードで飛んできた。
よけられない。
そして目の前が明るくなった……。
「貴様っ……!」
あれ? 死んでいない?
「何故ここに……!」
男が叫んでいる。
「影の組織のくせに、随分と派手にやらかしているのね」
知っている声がする。目を開いてみるとそこには飛燕さんの姿があった。
「飛燕……」
「あら? 私のことを知っているの?光栄ね」
「当然だ、貴様のことを知らぬ魔法使いなどいるわけがない」
「そう、じゃあ話が早いわ、お互い自己紹介も必要なさそうだしね、ラファエル」
「ぬぅ……」
ラファエル、同じく旧約聖書に登場する大天使の一人だ。
何故ルシファーにラファエルがいるのかが気になるがここはあえて気にしないでおこう。
「お前ほどの実力者が何故ここにいる、飛燕」
「最近この付近にルシファーの魔法使いが潜伏しているって聞いたからはるばる遠くからやってきたんじゃない」
「そうか、では私を倒すつもりなのか?」
「初めはそんなつもりじゃなかったけどね、一般人に手を出しているようでは倒さなければならないわね」
「ほぅ……」
二人の間の空気がビリビリと震える。
「ならば……やってみるがよい」
それが戦闘開始の引き金となった、飛燕さんは指先からいくつもの光の矢を飛ばした。
「……炎の稲妻か」
ひょいひょいと何本ものの矢をかわすラファエル。
「次はこちらから行くぞ……」
ラファエルは手の上に先ほどと同じように炎を作り出した。
「業火」
その炎が飛燕さんを襲う。
だが、飛燕さんも手から炎を出すと炎と炎が衝突し相殺された。
「くっ……」
ラファエルが歯ぎしりをする。
「さっきもそうだったけど、あなたの業火なんかこれっぽっちも効かないわよ」
「ならばこれならどうだっ……!」
ラファエルは両手を上に掲げ巨大な火の玉を作り上げた。
「これぞ煉獄炎、私の最強の魔法だ」
さっきまでの魔法とは違う、一目見ただけでそれがわかった。
炎の塊がラファエルの頭上でどんどん丸い形状になっていく。
「食らえっ……!」
その炎を飛燕さんに投げ飛ばす。だが飛燕さんは微動だにせずその場に立っていた。
炎が飛燕さんに直撃する寸前、炎の進む方向が変わった。
「何ぃぃっ……!?」
そう、炎はラファエル目がけて飛んでいった。
回避不可能、“ラファエル最強の魔法”は自分自身に命中した。
激しい爆発とともに業火がラファエルの体を包み込んだ。
「なーんだ、やっぱり弱いじゃない、ちょっとつついだけなのにな」
そして、飛燕さんは振り返るとこっちに歩み寄ってきた。
3
「大丈夫だった? 司くん」
「大丈夫もなにも……飛燕さんのおかげだよ、ありがとう」
「どうしたしまして、それから――」
飛燕さんは言葉をつまらせた、だが一回咳払いをするとその続きを話し始めた。
「さっきのヤツだけど……」
「聞きました、ルシファーっていうグループの人ですよね」
「ええ、その通りよ。何でアイツらに狙われていたの?」
「俺が狙われていたわけではないです、あの娘を狙ってきたんですよ」
「あの娘?」
飛燕さんは雪野の方を向く。
「もしもーし?」
雪野は急に自分を呼ばれたからかびくっと肩を震わせた。
「は……はい」
「私は飛燕、あなた名前は?」
「雪野時雨です……あの……なんですか?」
「時雨ちゃんかぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい……」
「あの男は知り合い?」
「いえ……違いますが……」
「じゃあなんで襲われたの?」
「え……それは……」
雪野はうつむいて今にも泣き出しそうな顔をしている。
飛燕さんはごそごそとポケットから飴を取り出して、
「これ食べる?」
飴で喜ぶ高校生がいるか……と思ったが雪野は嬉しそうだ。
「ありがとうございます!」
しかも突然元気になっていた。
「じゃあさっきの話の続きだけど……」
「はい……、私はずっとルシファーに狙われているんです、理由はわかりませんが……」
「えっ?」
思わず声を上げてしまった。
「そう――、いつから?」
「三年ぐらい前からです……」
三年間もあんな奴らに追われているのか?
「それで逃げるために各地を転々としているのですが、ここも見つかってしまいました」
「――」
それで謎が解けた、雪野が転校してきたのはルシファーに狙われているからなのだ。
「きっと、時雨ちゃんが狙われているのはなにか特別な事があるに違いないわね。時雨ちゃんは何か特別な能力でもあるの?」
「……なにもありません、魔法使いでもありませんし……」
「そう――変ねぇ、強力な魔力を持っている魔法使いを子供のうちに誘拐して育て上げるのだったら、現にやつらは今までそれを繰り返してきたからわかるけ
ど、魔法の力がないのに何でさらおうとするのかしら……」
「……」
うーんと飛燕さんは考え込んでしまった。
だが、しばらくして、
「とにかく、やつらはまた時雨ちゃんを狙ってくるわ、でも安心して、私が守ってみせるから」
「本当ですか……?」
「ええ」
これなら安心だ、雪野も飛燕さんに守ってもらうのならば絶対安全だろう。
「よかったね雪野さん」
「あ、弥生くんも……ありがとう……」
「え?」
「さっき、私の手を引いて逃げてくれて……」
「――!」
思わず顔が熱くなる。
くすくすと笑ってこっちを見る飛燕さん、すごく楽しそうだ。
その時だった、業火の中からラファエルが這い出してきた。
「飛燕さんっ……!まだアイツは……!」
「わかっていたわ、ヤツが死んでいないなんて事ぐらい」
「流石は飛燕、これほどの力があるとはな……」
そうは言っているものの、ラファエルは口から血を流していてとても苦しそうだ。
「今日はいったん引こう、だがこの次は決着をつけようではないか」
そう言い残すとラファエルは一瞬にして炎に包まれ消えてしまった。
「逃げた!」
「追うのは無理……仕方ないわね」
「いいんですか、飛燕さん、ルシファーの他のメンバーがこのことを知ったらリベンジに来るのでは……?」
「平気よ、やつらが束になってかかってきても私は負けない、それにたとえラファエルが死んだとしてもやつらはこのことをすぐ知るわ」
「えっ?まさか偵察部隊が……?」
キョロキョロと辺りを見回してみるがそれらしき人物は一人もいない。
「見つかるわけないでしょ、そんな人」
「そ……そうだよね」
「とにかく、これからは私がボディーガードをつとめるから安心してね、時雨ちゃん」
「はい……! お願いします!」
4
飛燕さんと雪野と別れ、家に帰り着いた。
肩の傷の消毒を終え、日課の瞑想を始めてからもうすぐ一時間が経つところだ。
今日は特別瞑想に気合いを入れている。(瞑想なんだから気合いを入れるという表現は間違っている気もするが)本物の魔法というものを目の当たりにしたた
め、瞑想をやっていなければ気が済まないのだ。
「――ふぅ、そろそろいいかな」
時計を見ると、もうすでに十二時を回っていた。
「寝るか……」
ベッドに入り電気を消した。
眠りに落ちていくその間で、今日起きたいろいろなことが思い出される。
「そういえば――」
何故雪野は俺が魔法を使ったと言った瞬間、俺を避けたのだろうか。
「簡単な事じゃないか……」
雪野は魔法使いに追われていた、だから俺が雪野を狙っている魔法使いだと彼女が勘違いをしただけなんだ。
「よかった……、嫌われたんじゃなくて」
!?
待て、俺は今何かおかしな事を言わなかったか?
……まあいいや、寝よう。
そして俺はそのまま眠りに落ちていった……。
5
今日は学校が休みの日だ。
だからといって別に変わったことはないが、学校が休みだというだけで何故か気持ちがワクワクする。
かといってずっと家の中に閉じこもっているのでは腐ってしまうので気分転換に外へ出かけることにした。
ゲームセンターに顔を出す。
有名な格ゲーの新作が入っていたので早速プレイをする。
以前まで使っていたキャラの性能が飛躍的にアップしていたのには驚いた。
「これって反則じゃない?」
コンピュータとの対戦で俺が使用中のキャラの必殺技を見て思わず呟いてしまう。
……と乱入者、対人対戦はまた違った楽しみがある。
相手も俺と同じキャラ、相当練習をこなしているのかあっという間に負けてしまった。
後ろの人が待っていたので交代することにした、その人も使用キャラは俺と同じ。
ふと隣を見ても俺と同じキャラを使っている。
このゲーム、作り直す必要があるんじゃないか?
製品版が出るときには修正されていることを祈りつつ、また町に出た。
本屋、CD屋、ビデオレンタルショップ等々を回って疲れたので公園で一息することにした。
公園のベンチには思わぬ先客がいた。
「あら、司くん」
「おはよう飛燕さん、こんなところでなにしているんですか?」
「えっ、天気がいいから日向ぼっこでもしようかなぁ〜って」
「雪野を守るのはどうしたんですか?」
「今日ぐらい休んでもいいかなって思っちゃって」
「ダメですよ、まだ一日目じゃないですか」
この人に雪野が守れるのか不安になってきた……。
「大丈夫、いざというときはケータイに電話かメール入れてもらうことにしてあるから」
そう言うと飛燕さんはケータイをポケットから取り出してストラップに手を通しくるくると回し始める。
「いざというときはメールも電話もできないと思うんですけど」
「そう?」
「それに電話なんてするとよけい危ないんじゃ……」
俺がそういうと急に飛燕さんは真剣な表情になって、
「――それもそうね、じゃあ私は帰るから」
「うん、それじゃあ……」
俺が言うのよりも早く、ビューンと飛燕さんは走り去ってしまった。
あの人は一体どういう人なんだろう?
急に公園が寂しくなる。
そろそろお昼時だからだろうか、俺も家へ帰ることにした。
その途中、父上と会った。
「父上、どうなさったのですか?」
「司か、私はこれから数日間仕事に行ってくる、家のことは頼んだぞ」
「わかりました」
そうして父上は歩いて駅の方向へと向かっていった。
その時の父上の表情は今まで見せたことのない、とても険しい表情だった。
つづく
NEXT第三話・荒れ狂う風
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