〜トキノアメ〜
ISM 作
<登場人物>
弥生司…この物語の主人公で弥生家の養子、魔法使いである。
雪野時雨…司のクラスに転校してきた少女。恐ろしいまでの天然ボケ。
宗堂明…司の友人、常にハイテンション。第二の出会いを見つけたらしい。
飛燕…魔法使いの女性。現在はキマイラの一員となり、仲間に迷惑ばかりかけているらしい。
<外伝一 司と時雨の夏休み〜修学旅行編〜前編>
<はじまり>
太陽が照りつける初夏。
灼熱地獄の都会を抜け、俺たちは今バスに乗って山へと向かっている。
高速道路をすいすいと進むバス。
隣の席に目をやると、時雨がちょこんと座っていたりする。
んで、廊下を挟んで反対側を見るとバスに酔って青ざめた顔をしている明がいる。
これは、俺たちの三泊四日に渡る恐怖の修学旅行の物語である。
<一日目>
1
バスはサービスエリアに止まり、しばらく休憩時間なので俺はバスから降りた。
他のクラスのバスも次々に到着しており、生徒のほとんどがまずトイレに向かうため、一般客は大迷惑だ。
「司ぁぁぁぁ……」
冷たい手が俺の肩に触れた。
「なっ……!?」
振り返ってみるとそこにはゾンビと化した明の姿があった。
「なんだ……明か、驚かすなよ」
「俺……ぎぼぢ悪いわ……バス……もう無理」
彼は全生徒の中で最も疲労困憊している。
「まあ宗堂はそのぐらいが静かでいいだろ」
なんて言いながらクラスメイトが俺たちの横を通り過ぎた、俺もその意見には同意である。
「明……まだ高速道路だぜ? この先山道を登るんだぞ?」
「ぎょわ?」
もはや人間のものとは思えない奇声を上げる明。
「司……骨は拾ってくれよ……」
「安心しろ、葬儀には参加するから」
なんて言って明を無視して店の中へ行く俺。
今の明は誰がどう見ても変人なので一緒にいて友人とは思われたくない。
「待ってくれぇぇぇ……! 大親友の司ぁぁぁ……!」
「うっさい!」
足早に店に入ると、そこにあったファーストフード店でみんながハンバーガーを買っている。
ちょうど十時過ぎ、朝も早かったから確かに小腹もすく。
すると、横のお土産もの屋で商品を眺めている時雨の姿があった。
「時雨、どうしたんだ?」
「あっ……司さん、見てください」
「ん?」
時雨が指さした方には、地域の名産品の可愛らしいマスコットがついた耳かきがあった。
「……欲しいのか?」
「いえ、欲しいワケじゃないんですけど……」
どうみても時雨は欲しそうだ。
「買うのか?」
「そーですねー……悩んでいるんです」
欲しいんじゃないか。
「このマスコットが気に入ったんだったら、あっちにキーホルダーあるよ?」
「いえ、私マスコット目当てじゃなくて、耳かきコレクションしているんです」
ドカッ!
慣れたとはいえ、まだこの少女には謎が多い。
「何故……」
「この前、切手コレクションを見て私もコレクションしたくなったんです。ちょうど耳かきなんて実用的ですからいいんじゃないかなぁって始めたんですよ。今
四十六本持ってます」
いくら本数が多くても、仕方がないと思うのは俺だけか?
「今回は旅行に三本持ってきました、右耳用、左耳用、そして予備です」
なにが予備なんだろう。
「決めました! 買います!」
なんて一本、耳かきを引き抜く時雨。抜くときに他にも数本くっついてきてしまい、挙げ句床に落っことしてまき散らすなんて事までしでかしていたが、見て
見
ぬ振りをしてその場を立ち去った。
「司ぁーっ!」
明がハンバーガーを頬張りながらやってきた。
「お前……バスに酔って気持ち悪くて今にも倒れそうだったじゃないか……? よくハンバーガーなんて食えるな」
しかもダブルチーズバーガー。
「腹が減っていたら戦は出来ないだろ! これから(検閲済み削除)こともあるかもしれないから腹ごしらえしておかないと!」
何を言い出すんだこの男は……。
隣で月見うどん(ちなみに380円)を食べているおじさんが俺たちの会話を聞いていたのか咳き込んでいる。
ちなみに削除したのは俺である。
意味が分からないかもしれないが、食事中申し訳ない会話だったことだけは言っておこう。
「おっ、司! そろそろ集合時間だぜ!ダッシュだ!」
「ちょっと待てよ……」
明は時折、全力で一直線に走ることがある。バスケ部であるためか非常に早い。
だが……。
ドーン。
「ああ……あのバカ……人にぶつかっているし」
そう、彼は一直線に走るが故にいつも電柱か人か動物か、とにかくなにかしらにぶつかる。この間はヤクザのおにーさんにぶつかった。
他人のフリをしていたいが、助けに行くことにしよう。
「大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫……」
「いや、お前じゃない、ぶつかった相手の方だ」
ぶつかって弾き飛ばされた人はゆっくりと立ち上がった。
「もう……気をつけてよね、高校生でしょ? 走り回ったら危ないって事ぐらいわかるでしょ?」
「ごめんなさい」
ぺこりと素直に頭を下げる明。
「本当に申し訳ありません……こいつ、そそっかしいものですから……」
そして俺は相手の人の顔を見て唖然とした。
長いオレンジの髪、赤い瞳……どんなときでも明るいその口調……。
「飛燕さん!?」
「あら、司くんじゃない! やっほー」
手をぶんぶんと振る飛燕さん。
「やっほーじゃないよ! なんでこんなところに? キマイラの仕事は?」
「今日はのんびりする日、だからこうしてドライブに来ているのだ!」
……休みの日と言わないでのんびりする日と言うあたり……絶対にサボっていると見た。
「司くんたちは? 遠足?」
「修学旅行です」
「あ、そう……ふーん楽しそうだねー」
怪しい笑みを浮かべる飛燕さん、不安だ。
「おい、司、急がないとバス出ちゃうぜ」
「あ、そーだった。じゃ飛燕さん、また今度ね」
「ばいばーい」
嬉しそうに手を振る飛燕さん。
実はこの時から、この旅行は地獄の旅行へと一転したのだった!
2
「ねえ、綺麗だよねー」
「うわー、ステキだなぁ」
「かっこいいー」
さっきにも増してバスの中が騒がしい。
みんなの元気が出たというのもあるかも知れないが、それでもおかしい。
みんな外を見ているようだが……。
俺もバスの外を見た、途端カーテンを閉めた。
そこにはオープンカーに乗って、こっちに向かって笑顔で手を振り続ける飛燕さんの姿があったからだ。
「あの……バカ」
俺は飛燕さんの性格を理解しておくべきだった。
ついてくるなと一言言っていれば避けられたことを、俺は言い忘れてしまった。その結果がこれである。
「彼氏いるのかなー?」
「いくつぐらいだろー?」
「……つーか、なんでこっちに手を振るんだ?」
飛燕さんはその髪の色から、やたら目立つ。
ええい、もう無視だ無視!
そして俺は隣の席に目をやった。
時雨がくーくーと寝息を立てて寝ている。
「……」
心拍数上昇。
3
「うごうあぁぁぁぁ……!」
「またかよ」
「うるせーな」
「おおぉぉぉうあぁぁぁっ!!!」
バスは山道に入った。
目的地までは後少しである。
さすがにクラスのみんなも飽きてきたのか、眠る人も増えてきた。
その中でただ一人、奇声を上げ続けている奴がいる。
「うごろおおぉおぉぉぉおっぉぉぉっ……!」
みなさんお分かりの通り、宗堂明である。
「びるげいつぅぅぅぅーっ!」
叫びがだんだんよくわからなくなってきた。
「あぁぁぁーんじょぉぉーんふぁぁぁーん!!!」
何故彼がこうまで叫び続けているのか? それは彼自身の中にある吐き気と戦っているためである。
周りにとって迷惑限りなし。
あんなヤツを見続けていると目に悪いので、そっと時雨に目をやる。
時雨は相変わらず寝ていた。
なんだか非常に癒される。
「たまごぱん……ひゃくえん……」
寝言まで言ってるし。
「かれーぱんのほうが……さんじゅうえんたかいけど……あじはいい……」
購買部のパンの話か? なんだかムチャクチャ可愛いぞ。
「じゅるり」
いや、じゅるりって。
やっぱりこいつは可愛い、見ていて全然飽きない。
「あぁぁぁーっのるどぉぉぉぉしゅわるつねっがあぁぁぁぁぁーっ!」
ビクッ!
……とその声で目を覚ました時雨。
勢いあまって、前の座席に頭を激突。
「……大丈夫か時雨?」
「めろんぱん……」
マジで泣いてるよ、オイ。
「さっきの声は何ですか!? 後もう少しでめろんぱん食べられたのに!」
今度は本格的に怒ってるよ、目がマジだ。
「刻のあ……」
「まてまてまてまて!!! やめろバカ!」
ギリギリのところで口を押さえて制止する。
メロンパンの夢程度で幻の古代魔法を使うようになったらおしまいである。
「ひゃなひひぇくだひゃい! つかひゃひゃん!」
モゴモゴと叫ぶ時雨。
「いいけど、刻の雨は使うなよ」
「ぷはっ……司さん、さっきから聞こえる奇声は何ですか?」
「明だよ、さっきからずっとあの調子だ」
「ふらんしすこざびえるぅぅぅぅーーーっ!!!」
「うるせーよ!いいかげんにしろ!」
「安眠妨害!」
後ろからヤジがとんでいる、当然といえば当然だ。
「ひがしくにのみやぁぁぁなぁぁるひこぉぉぉぉぉ!!!」
「帰れーっ!」
「平和を返せーっ!」
「めろんぱん返してくださいーっ!」
なんで時雨まで叫ぶんだ。
「あぁぁぁんとぉぉぉぉにおぉぉぉぉいー……い?」
ぴたと止まる明……と同時にバスの中が静まりかえる。
「やっぱり……めろんぱん返さなくていいです」
ぼそっと時雨が言った。
ごくりだなんてクラス全員がのどを鳴らす。
「……あーっすっきりしたー、叫んでいたら酔っていたのが嘘みたいになおったぜー!」
ガッ!!!
ズッコケて前の座席に頭をぶつける音×クラスの人数分。
4
目的地に着いた。
まずは昼食をとるらしい。
他のクラスも続々と到着し、バスから降りてくる。
そして決まってみんな一定の方向を見るのだ。
「あーっ、なんだか知らんが……とんでもねぇことになっているなぁ……」
「こわーっ」
その目先には、クラス全員からぼこぼこにされる明の姿があった。
5
「ふぃー! 疲れたーっ!」
どっかと畳に寝そべる明。
俺たちは昼食を取り終えた後に、キノコ栽培の体験学習を終え、こうして宿舎の部屋についたのだ。
「さて……どうする明、夕食まで時間あるよな」
「トランプでもやるか? 俺持ってきたぜ!」
「おっ、俺たちも入れてくれよ」
なんて他のクラスメイト二人、田中くんと中田くんも集まってきた。
ちなみに四人部屋である。
あと名前が適当とか言わないように。
「なにやる?」
「大富豪だろ、やっぱ」
「……大富豪だったらもう一人いた方が良くない?」
「おい、弥生、だれか連れてこいよ」
中田くん、人使い荒いね。
「んー……誰がいい? 時雨でも連れてこようか?」
「却下」
「却下」
「却下」
うわ、満場一致で却下!
「雪野さんなんかこの部屋に連れてきてどうするんだ! アホゥ! 少しは頭使え!」
「ダメか?」
「当たり前だ! この男の空間に女子を連れて来るべからず!」
「……じゃあ他に誰がいるんだ?」
「隣の部屋から誰かさがしてこいよ……木村とか村木とかさー」
またもや名前が適当なのは勘弁。
この方法を使えば一気に二人の名前を考えつくから楽なんです(by筆者)
「じゃあ……呼んでくる」
よっこらしょと立ち上がった。
「頼むぞ……まあ雪野さんでもいいけどなー」
ドアノブに掛けた手を止めた。
「どうした、田中?」
「いや中田さー、雪野さんかわいーじゃん」
背中で二人の会話を聞く。
「そうか……? 俺あのタイプ苦手なんだよ……もっとハキハキしろって感じじゃない?」
「でもさー、ぼーっとしているところが萌えない?」
「萌えるかアホゥ!」
「でもなかなかいい娘だと思うんだがなぁ?」
「ダメダメ、だって高速道路」
「あっ……ナルホド……あれ、弥生、まだ行っていなかったの?」
「ああ……って、さっきからワケわからない会話しているけど……なんのことだ?」
「え? 雪野さんの話題じゃない、加わりたい?」
「別に」
それよりも俺は聞きたいことが一つあったりする。
「田中くん……高速道路って何のこと?」
「え……んー……アレだよな、中田」
「そうアレ」
「……?」
トントン。
その時ノックをする音。
「はい――」
返事をして扉を開けた。
「こんにちは司さん、何やっているか気になって来ちゃいました」
「おっ! 高速道路!」
「違うだろ! アホゥ!」
「……?」
時雨はきょとんとした顔で首を傾げている。
「司さん、何のことですか?」
「知らん、アイツらに聞いてくれ」
「なかなかさん、高速道路って何ですか?」
「名前合体してるよ!」
「説明しよう!」
その時、今まで無視され続けてきた男、宗堂明が立ち上がった!
「高速道路とは……時雨ちゃん……」
「田中! 宗堂を止めろ!」
「アイアイサーっ!」
ぼこぼこにされる明、可哀想な気もするが、とりあえず放っておこう。
……つーか、もうメチャクチャだ。
その後、収拾がつかないことになったが、時雨を加えた五人で大富豪をやり、夕食の時間を迎えた。
そして、風呂に入り、明日の準備をしてから就寝。
充実した一日だったが、これは波瀾万丈の修学旅行の幕開けに過ぎなかった……。
……で結局高速道路の謎は解けないままであった。
<二日目>
1
朝である。
目を覚ますと、縄で縛り付けられている明の姿を見た。
「はぁ……」
昨晩何があったか、それをここで言っておこう。
昨晩、明の寝相があまりにも悪く、布団の上でごろごろ回っているうちは良かったが、そのうち平泳ぎをするようになり、さらには立ち上がってスクワットを
し
だし、最終的には壁倒立をするようにまでなって、落ち着いて眠れないためやむを得なく、三人で 持っていた洗濯物を干すタメのロープで縛り付けたのだ。
しかし、縛り付けるのも大変だった。
なにせ相手は動き続けているのだ。
そのため動きを封じるために、とんでくる拳や蹴りをかわしつつ、二人がかりで抑えつけ、終いには魔法まで駆使したのである。
「おはよう、弥生」
「おはよう、中田くん、昨日は眠れた?」
「眠れなかったよアホゥ……」
中田くんは昨晩明の蹴りを腹にうけた被害者である。
「今晩は外にでも吊しておくか」
「はは……そーだな」
「ふいぃ……いてて……おはよー」
「おはよう、田中」
「おはよう、田中くん」
田中くんも起きた。彼は昨晩明のブレーンバスターをうけた被害者である。
「む?」
あ、問題児が起きた。
「なんだ? 何で俺縛り付けられているんだ……? まあいいや、よいしょっと」
軽々と縄から脱出する明。
そして立ち上がると爽やかな顔で言った。
「よお! グッドモーニングエブリバディー! いい朝だねぇ! 元気がないぞー!? どうしたーっ? はっはっは!」
瞬間、三人のトリガーが引かれた。
明の悲鳴は宿舎全体に響き渡り、みんなにとっていい目覚まし代わりになったとかならなかったとか。
2
朝食を取り終え、出発の支度を整えロビーに集まった。
これから山登りへ行くのだ。
「全員いる?」
班長の望月沙穂(もちづき さほ)さんが点呼をとった。
彼女は学級委員も務めており、優等生で、班長には相応しく、頼りになる人物だ。
彼女ほど眼鏡が似合う人物はさらさらいない。
それに引き替え、このメンツはどうだろうか。
「弥生くん、中田くん、田中くん、宗堂くん、雪野さん、和田さん」
班分けを部屋分けと同じにしたのはやはり失敗だったのではないか?
特に約一名、いなくてもいい存在が混じっている。
「全員いるね? じゃあ早速行きましょう」
望月さんを先頭に歩き出す俺たち。
山登りをする前から、俺と中田くんと田中くんはボロボロである。
……そんなこんなで、半分も行かないうちにバテた。
望月さんは完璧な食事と、完璧な睡眠時間、さらには完璧な山登りの知識により、体力の消耗を最小限に抑えてきたらしいのでまだまだ元気そうである。
明はもともと疲れというモノを知らない。
和田さんは、ダイエット中だとかで朝食を抜いたため、バテバテである。
山登りの日ぐらい食えばいいのに、山登りで消費するカロリーを最大限にしたいとか何とか言っている。
田中くんと中田くんは、昨日の痛みが今になって現れたらしい。
時雨はまだまだ元気そうだ。
「まいったわね……、まさかこんなにスローペースだとは……このままだと予定時間につくためには……」
ぶつぶつと電卓を使って計算を始める望月さん。
「俺……登りきれないかも……弥生―っ……魔法で何とかしてくれ」
「ダメっ!」
望月さんの叱咤がとんだ。
「魔法なんかで登っちゃったらつまらないじゃない! 昨日ちゃんと寝た? 男子は全然寝ていない顔に見えるけど? あと和田さんは朝食食べなかったのが悪
い
の!」
「俺たちは寝たかったけど眠れなかったんだってばぁぁ……」
「ふん、どーせえっちな話でもしていたんでしょ!」
望月さんには誰も頭が上がらない。
……でもえっちな話って?
「うん、高速道路」
「ああ、高速道路」
またなんか言っているしーっ!?
ガサッ!
その時だった。
草むらで何かが動く音がした。
「小動物?」
「いや……結構でかいよ?」
「班員は全員いるの……?」
見渡してみると、班員は全員その場にいる。
ガサガサガサッ……!
その音は、明らかに大きすぎる。
望月さんの額に冷や汗が浮かぶ……。
「まさか……熊?」
その場に緊張が走った。
万が一に備えて手に魔力を込める……。
ガサガサガサ……ばっ! ……と出てきたのは、ぼろぼろな服を着た男だった。
「あんた誰×7」
班員全員で合唱。
時雨だけ語尾に「〜ですか」をつけた。
「ヒドイね、あった瞬間それはないだろう!」
「何故こんな所にいるの、随分怪しいわよアンタ」
望月さんが眼鏡を光らせる。
「私は、ちょっと……まあ……ワケあってこの山に住んでいるのだ」
「何故」
「それは言えない……」
「怪しいわね……警察呼んだ方がいいかしら」
「……!?」
俺と時雨は即座に異変に気付いた。
「望月さん……! あぶなっ……!」
「えっ……?」
辛うじて、旋風で望月さんに襲いかかった炎の玉を相殺した。
3
「ちっ……殺し損ねたか……魔法使いがいたとは」
「お前っ……! 一体何者だ?」
「私は、魔法で人を殺すことを生き甲斐にしている者。人は私をこう呼ぶ“スカージ”と」
「中田、どういう意味だ?」
「知るかアホゥ!」
「……“天罰”ね」
「その通り、賢いな女」
「でももう一つ意味があるのを知ってる?」
「む?」
「“悩みの種”」
あ、スカージが固まっている。
「嘘……だろ?」
「本当よ」
またもや沈黙。
……つーか望月さん度胸あるなぁ。
「くそぉぉぉぉぉぉぉ! ムカツクーッ! みんなまとめて死んじゃえーっ!」
あ、キレた。
「時雨っ!」
「はい!」
「獄炎……!」
「氷結!」
スカージの獄炎よりも早く、スカージの手が凍り付いた。
「何っ!?」
「くらっとけ……! 烈風!」
「あああぁぁぁぁぁっ……!」
命中→吹っ飛ぶ→木に激突→痛そう
「痛あぁぁぁぁっ!!!!」
痛いようです。
「くそっ……! お前らこの私をコケにしやがって……! こうなったら最上級魔法で……!」
「残念」
いつの間に現れたのか、飛燕さんがスカージの後ろに立っていた。
「き……キマイラ……か?」
「そうよ、まさかこんな所にいるとは思わなかった?」
「く……捕まってたまるか……!」
「炎の稲妻」
飛燕さんの五本の指から放たれた光の矢が逃げようとしたスカージの両足を貫く。
「ぐああぁぁぁぁっ……!」
「観念しなさいよ……もうあなたはどこからどう見ても犯罪者なんだから」
「わ……私を捕まえて後悔するなよ! 私には優秀な弟子と部下たちがいる……! いつかお前を殺しに来るぞ……!」
「はいはい」
飛燕さんは楽々、魔法で手錠を作るとスカージの腕につけた。
「じゃあ、後は本部に送還ね、行ってらっしゃい」
飛燕さんが魔法を唱えると、スカージの体は宙に舞い、大空へと飛んでいった。
「ふぅ……大丈夫だった?司くん」
「全然問題ないよ」
「そうね」
唖然としている望月さん、中田くん、田中くん、和田さん。
そ ういえばこの人たち、魔法使い同士の戦いを見るのは初めてかな?
「でも、なんで飛燕さんはすぐここに駆けつけることが出来たんだ?」
「実はねー、私も司くんたちの宿舎に一般客として泊まっているんだー」
時間が止まった。
「時雨……知っていたか?」
「はい、知っていました、昨日おふろで会いましたもん」
「風呂……」
「……弥生くん、この人は誰なのよ。昨日高速道路でうちらに手を振っていたのこの人じゃない?」
「そうだね……この人は……あー魔法使いの飛燕さん、別に悪い人じゃない……と思う」
「飛燕……戦闘機?」
ああ、言ってはならないことを。
「おいおい、それはいいけどさー、早く山登らないとまずくない? 集合時間に間に合わなくなる」
「そうだった、すっかり忘れていたわ。ありがとう中田くん」
「それじゃあ飛燕さん、俺たち山登ってくるから」
「行ってらっしゃーい」
ぶんぶんと手を振る飛燕さん。
確かに助かったんだけど……なんだか釈然としないこの気持ちは何だろう。
「俺って……」
ここにも釈然としない気持ちの人物が一人。
そう、すっかり忘れられている宗堂明であった。
4
風呂に入った後、缶ジュースを買いに明と一緒に自販機へ向かった。
ゴトン。
120円を入れて、烏龍茶が出てくる。
「じゃあ俺も……」
120円を入れて、明は緑茶を買った。
熱いやつを。
「間違えたーっ!」
全国広しといえども、真夏の風呂上がりに熱いお茶を買う人物も珍しい。
「どうしたんですか?」
時雨がトコトコとやってきた。
「あちち……あっ時雨ちゃん! 間違えて熱いやつ買っちゃってさー! ……これ80円で買わない?」
せこいぞ明。
「熱いお茶ですか……? 私、真夏の風呂上がりに熱いお茶飲むの憧れだったんです!」
烏龍茶が変なところに入って咳き込んだ。
「でしょ? じゃあ買わない?」
「はい! 買います!」
チャリンチャリンチャリン……ゴトン。
「自販機で買ってどうするーっ!!!」
「これでおそろいですね」
Vサインを作る時雨、その横で涙を流している明の姿があった。
ちなみにその後、明は根性でお茶を飲み、二本目は今度こそ冷たいお茶を買おうとしたら間違えて青汁を買ってしまったのである。
さらに時雨は青汁を飲むのにも憧れていたらしく、まったく同じパターンで時雨も青汁を買い、飲んだのである。
ホント今回の旅行は明に災難が続くなぁ。
5
闇に蠢(うごめ)く影。
生き物の気配。
わずかに衣がすれる音……。
静寂の真夜中に、その音はただ不気味であった。
カチ……カチ……カチカチカチ……。
カッターナイフの刃を出す音が闇に響く。
刃は闇の中で冷たく光る……。
「……狩りの時間だ」
「なにが狩りの時間だ……じゃアホゥッ!」
電気がついた。
「……っ! やばっ! 起きろ! 弥生! 田中!」
「む……?」
目を覚ました。
すると、そこには、眠ったままカッターナイフを手に田中くんに襲いかかろうとする明の姿があった!
「ケケケ」
危ない! 危ないぞ! 明―っ!
明の腕が田中くんに落ちる……!
「旋風!」
明が手にしているカッターナイフを弾き飛ばす……!
「今だっ!」
中田くんのパンチが明の顔面にクリーンヒット!
「なにをやっているんだ!?」
田中くんが目を覚ました。
「おっ、田中! 気付いたか! 早く窓を開けろ……!」
「どうしたんだ!?」
「また宗堂だ……! 早く……!」
「ここ三階だよ?」
「構うな! 俺たちの命の方が大事だ!」
田中くんが窓を開けた。
「よしっ! 頼むぞ弥生!」
「突風!!!」
部屋の中に凄まじい風が巻き起こり、明は飛ばされて窓から外に出て、そのまま下へと落下していった。
明の体力と、木がクッションになるから何とか大丈夫だろう。
そして俺たちは平和を勝ち取ったのだった。
続く
<あとがき>
久しぶりに「〜トキノアメ〜」を書いてみました。
本来、修学旅行の話は本編に入れる予定だったのですが、本編に入れるとなると非常に無駄が多いので、外伝といった形で書くことになりました。
とりあえず、明の暴走っぷりを見てもらいたいです。(特に一日目!)
彼はなんでもやってくれるので、かなり使いやすいです。
あと、時雨。
相変わらずのおっとりムードと、天然ボケで私自身も惑わしてくれます。
それから田中くんと中田くん。
書いているうちにどんどん愛着が持ててきました。
一応、中田くんは「アホゥ」が口癖でツッコミ型、田中くんはのんびり型のやられ役です。
最期に望月沙穂。
トキノアメの世界には意外とメガネキャラがいないので登場。
学級委員&秀才&クール&メガネはもう定番ですな。
あ、そうそう、高速道路ってギャグ。
あれについての質問は(特にBBS)一切受け付けません。
まあ自分の頭の中で考えてください。
それでは後編もお楽しみに。
後編
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