〜トキノアメ〜

ISM 作


<登場人物>
弥生 司…この物語の主人公で弥生家の養子、魔法使いである。
弥生 巌龍(ルシフェル)…司を施設から養子に迎えた男。その正体は魔導組織ルシファーのボス、ルシフェル。
雪野 時雨…司のクラスに転校してきた少女、強力な魔力を持つため魔導組織ルシファーに狙われている。
宗堂 明…司の友人、常にハイテンション。第二の出会いを見つけたらしい。
飛燕…魔法使い、司に魔法について教える。今は時雨のボディーガード。
霧崎 葵…司の幼なじみで、明の新しいターゲット。飛燕と過去に因縁を持つ。
陽炎…規則を破った魔法使いを罰する組織キマイラの一員。
ガブリエル…魔導組織ルシファーの一員、かなり頭のきれる女性。
ミカエル…魔導組織ルシファーの一員、闇の魔法を使いこなす。

<最終話 トキノアメ>

 1

 陽炎とミカエル。
 飛燕さんとガブリエルの戦いは熾烈を極めた。

 しかし、陽炎はミカエルに魔力が低いという弱点を見抜かれてしまった。

「魔力が低いとどうなるかわかるな……?」
「……」
「そう――魔法の威力が弱くなる」
 陽炎は悔しそうに歯を食いしばった。

「これは笑いものだな、正義を掲げて勢いよくヒーローみたく飛び込んできたくせにその程度の力では私とまともに戦うことも出来ないだろうが……!」
「なめるなっ!」
 陽炎は立ち上がった。
「魔力の低さは戦法でカバーする。たとえ魔力が貴様より弱くとも決して負けはしない!」
「ほほぅ……」
 ミカエルは楽しそうに笑う。

「面白い……、では続きをやるか……」

 ミカエルは黒弾を放った。
 陽炎は素早いスピードでそれをかわし、素早く光の矢を放った。
「雷電!!!」
「……ふん」
 ミカエルはいとも容易く相殺する。
「やはり弱いな……この程度……」
「一発一発は弱いが……、連射されるとどうだ?」
「ん……?」
 陽炎はミカエルの周りを回り続け、立て続けに雷電を放った。
 さすがのミカエルも全てを相殺しきれず、何発かは命中してしまう。

「ちっ……小癪な」
 ミカエルは雷電を相殺するのを止め、走り回る陽炎に狙いを定めた。
「そこだっ! 地獄炎!」
 ミカエルが叫んだ瞬間、黒い煙がミカエルを包んだ。
「……煙幕!」
 凄まじい炎が煙幕の中から外へと飛び出してきたが、陽炎には全く当たらない。
 煙幕が晴れると、ミカエルは悔しそうに立っている。
「どうだ? ミカエル」
「ふふ……」
 それでも相変わらずミカエルは楽しそうだ。


 一方、ガブリエルと飛燕さんの対決はすごいことになっていた。
 本気を出したガブリエルがいくら足掻いたところで、飛燕さんには軽くあしらわれている。
「水針!」
「水柱!」
「海嘯!」
「渦巻!」
「大渦巻!」
「大津波!」

 どんな魔法も、飛燕さんの前では無力。
 これが本気を出した飛燕さんなのだ。

「く……! 流水撃……」
「……もうやめましょう。つまらないわ」
 飛燕さんは片腕で受け止め、相殺すると言った。
「馬鹿にしないでっ……! 誰が止めるですって!? 私はあなたを殺すまで戦うわ……!」
「戦いを止める……? 違うでしょ、今更この戦いを止める事なんてできないハズよ」
「え……?」
「終わらせるのよ、あなたが死ぬことによって……ね」
「……!!!」

 飛燕さんは右腕を大きく上げると、魔法を詠唱し始めた。
 巨大な赤い魔力の球が飛燕さんの腕で発生し、次第に形状が変わってきた。

「なに……? 槍……?」
 飛燕さんの腕には、とても巨大な槍が握られている。
「真紅の爆炎槍(しんくのばくえんそう)……当たったらひとたまりもないはずよ」
「く……」
 飛燕さんがガブリエルに突進していった。
 それはとても巨大な槍を持っているとは思えないようなスピードであった。
「飛燕っ……! その状態では魔法を相殺できないでしょう!?」
 ガブリエルが魔法を放とうとした。
 両手がふさがっている今、飛燕さんは相殺できない。

 しかし、ガブリエルは急に片膝をついた。
「……っ、体が……重い?」
 飛燕さんは容赦なく突進していく。
「まさか……重圧のまほ……」
 ガブリエルの体を、槍が貫いた。
 瞬間、辺りが凄まじい炎に包まれ、そして――……。


 ガブリエルは死んだ。

 2

 ほぼ時を同じくして、再び爆発音が起きた。
 見ると、陽炎に魔法が命中したらしく、立ち上がれないようだった。

「昔の賢人はよく言ったものだ……」
 ミカエルが陽炎を足で扱う。
「下手な鉄砲も数打てば当たる」

「ち……ミカエルっ……!」
「陽炎、自慢の足で私をかき回し続け、雷電の連射で倒そうと思ったらしいが……甘かったな。もう少し自分の実力を知った方がいいぞ……?」
「なにを……?」
 ミカエルが陽炎の頭を蹴った。
「貴様の魔法は威力が全然なかった。私には全くと言っていいほど効かない。そうしているうちに、魔法の連射と走り続けたせいで体力を消耗し、私の直撃を喰 らうことになった」
「く……」
「どうする……? もうやめておくか?」
「ふざけるな……! 勝負は最後まで続ける……! 最後まで戦わないと勝敗は分からない!」
 ミカエルは陽炎の頭から足を離した。

「馬鹿だねぇ……」
「何……?」
「貴様は半熟卵を最後まで食べないと半熟とわからないのか?」
「……っ!」
「そう――これ以上続けたって無駄と言うことだ。永久に私には勝てないのだよ……!」
 陽炎の表情が絶望の色に変わった。

「死ね……ここでゲームオーバーだ」

 ヒュンッ……。

 次の瞬間、高速でミカエルの後ろに何かが飛んできた。
 ミカエルは後ろを振り返ると、その飛んできたものを相殺した。

「……飛燕か」
「ふぅ……やっぱり爆炎槍は重いわ……投げても全然スピードが出ないんだもん……」
「ガブリエルは……」
「死んだわ」
「……恐ろしい女だ」
 ミカエルはいつものように不敵に笑う。
「それで……貴様はどうするつもりだ?」
「決まっているでしょう? 司くんと陽炎、それから時雨ちゃんを助け出すわ」
「……司と時雨はわかるが、陽炎は貴様の敵ではないのか?」
「それはあなたも同じでしょう? ミカエル」
「ふん……こんな弱い奴に私は負けぬ。それよりも飛燕、貴様は私とも戦う気なのか?」
「本当は戦いたくはないけどね、どうせ言ったって聞くような男じゃないし、なによりも戦いを楽しんでいるようだから、死ぬ前に遊んであげることにしたわ」
「貴様がこの私に勝つと?」
「ええ」
「ふっ……貴様に魔法を教え、一人前に育てたのはこの私だろうが。その恩も忘れ、それでも私と戦うか」
「……」
「まあ良い、確かに貴様の言うとおり、私は戦いが楽しい。戦いが全てだ、反抗する術を持たない常人など虫けら同然だったからな。少しは手応えのある奴と戦 えると思うと……ククク……血が騒ぐ」

「飛燕っ!」
「……陽炎、私は負けない。だから安心してゆっくり休んでいて……」
「……ふ」
 陽炎は気を失った。

 飛燕さんは後ろに下がった。
 ミカエルはそれを追うように前に出る。
 一見飛燕さんが逃げているようにも見えるが、陽炎を戦いから遠ざけるためにわざと引き寄せているのだった。

「ガブリエルを倒して有頂天になっているようだが……私はガブリエルの十倍は強いぞ?」
「そう……昔は百倍なんて言っていたけど? 十分の一も弱くなっちゃったの?」
「飛燕っ……せいぜい長生きすることだな」
「そちらこそ」

 次の瞬間、ミカエルの手から黒弾が放たれた。

「炎の……稲妻っ」
 一発の炎の稲妻が黒弾を相殺する。
「……弱いのね」
「なぁに……決闘前の手袋代わりさ」
「……ふっ」

 飛燕さんが高く飛び上がった。
 上から下目がけて大きな炎の塊を何個も飛ばす。
 炎の塊が地面に触れるたびに大爆発が起き、檻の中に熱風が入ってくる。
 今日の飛燕さんはなんだか、もの凄くキレているみたいだ。

「当たらなければ意味がないぞ?」
 ミカエルは空中で魔法を唱えている飛燕さん目がけて黒弾を放った。
 それを飛燕さんは受け止めると、ミカエルに勢いよく投げ返した。

 ミカエルはさっと後ろへと下がり、黒弾を回避した。
 スタッと、軽やかに着地する飛燕さん。
 全身からほとばしる殺気。

「そうね、当たらなければ意味がないわね」
「……?」
「重圧!」
「っ……!?」

 ミカエルは急にバランスを崩した。
 飛燕さんがガブリエルを倒したときと同じ戦術である。

 今だ! とばかりに突進する飛燕さん、腕に魔力を込め至近距離で……。
「爆裂!!!」
「させるかっ!」

 飛燕さんの手とミカエルの拳がぶつかり合い、そこに光が走った。

 ドオオォォォォン……!!!

 大爆発がおこる、ミカエルと飛燕さんはお互いに後方へ弾き飛ばされたが空中で体制を整えると地面へと軽々と着地した。

「黒龍!」
 ミカエルの腕から真紅の眼を持つ魔法の黒い蛇が現れた。
「食らいつけ!」
 黒龍は大きく口を開け、猛スピードで真っ正面から飛燕さんに突撃した。
「単調ね」
 飛燕さんが黒龍の口の中に手を入れると、黒龍は内部から“消滅”させられた。
「今度はこっちの番よ」
 飛燕さんが拳を上に突き上げると、ミカエルの足下の床にヒビが入った。
「くっ……?」
 ミカエルは一歩後ろへとステップ移動する。
 すると、さっきまでミカエルが立っていた位置から火柱が上がった。
「なんだ……こんなもの、簡単に回避できる」
「そう?」
「……っ!?」
 すると、次々に隣に火柱が上がっていき、ミカエルを囲んでいった。
 逃げ場を失ったミカエルは火柱に囲まれ、ついには炎の壁で姿までもが見えなくなった。
 飛燕さんは指を弾いた。
 すると、まっすぐだった火柱の先端が中心へと曲がり、ドーム状になった。
 そして、炎はドームの真ん中目がけて集束していった。

「ぐあああぁぁぁぁっ……!!!」
 ミカエルの声だけが響く。

「灼熱……、この魔法、結構ムゴいから滅多に使わないんだけどね〜今日は相当キレているから……」
「……」
 返事はない。
「……ミカエル? もうダウン?」

 次の瞬間、炎のドームの中から黒い魔力の渦が突き出て飛燕さんを襲った。
「……っ!」
 そして同時にその渦によって空いた穴から猛スピードでミカエルが飛び出すと、ひるんだ飛燕さん目がけ、近距離から黒弾を放った。

 黒弾が命中し、激しい爆発と共に飛燕さんは後ろへと吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられた。
 しばらくして血が混じった唾を吐き捨てると、立ち上がり、怒りに満ちた眼でミカエルを睨んだ。

「油断……したか? 飛燕」
「……」
「確かに今の灼熱は強力だった……だが私を倒すにはまだ及ばないというところか」
「……」
「どうした? 切り札級の魔法を破られたショックが大きかったか?」
「一つ聞くけど」
「む?」
「あなた、本気?」
 その言葉にミカエルの表情が凍り付いた。
「なん……だと?」
「だいぶ灼熱でダメージをうけているようだから……本気を出す前に死んじゃったら可哀想だなぁと思って」
「ふふ……」
 ミカエルは気味の悪い笑みを浮かべた。
「貴様も今の黒弾で相当ダメージをうけているようではないか。貴様こそ……そろそろヤバいのではないか?」
「……」
 飛燕さんの腕に、炎が燃え上がり槍の形状へと変わっていった。
「真紅の爆炎槍……か」
 すると、ミカエルも腕を上に上げると黒い渦が発生し、ミカエルの腕を包んだ。
「飛燕……」
 ミカエルが渦から腕を抜くと、その手には黒い剣が握られていた。
「破邪の剣(はじゃのつるぎ)だ……行くぞ」

 二人は魔法の武器を構える。
 恐らくこれが二人の最終攻撃なのだろう、飛燕さんにもミカエルにももうほとんど魔力が残されていない。

 ミカエルが先に走りだした。
 それに反応し、飛燕さんも走り出す。

 武器のリーチだけ見れば飛燕さんの方が有利、飛燕さんの槍がミカエルに命中する――!

 ヒュッ!

 ミカエルが消えた。
 飛燕さんは槍を上に向けると空を突いた。

「残念……はずれだ」
 ミカエルは飛燕さんの後ろにいた。

 ミカエルが飛燕さんに突撃する。
 飛燕さんはふいをつかれ全くの無防備状態だ。
「死ね……!」
 破邪の剣が飛燕さんに振り下ろされる――!


 真っ赤な血が飛び散った。

「あ……」
 苦しそうな声、大きな槍が地面に落ち……そして……。


 ミカエルが後ろに倒れた。


 何が起こったのか理解するまで時間がかかった。
 飛燕さんの左腕には赤い短剣が握られている。

 飛燕さんはあの瞬間、槍を捨て、魔法の武器を生成するとミカエルの下に潜り込んでミカエルを突いたのだ。

 ミカエルは血を流しながら倒れたまま動かない、右手に握られていた剣は黒い煙となって消えていった。

 そう――飛燕さんが勝ったのだ。

「……ミカエル」
「飛燕……!」
 ミカエルは息も絶え絶えに苦しそうに言った。
「数年前……荒れ地で一人泣いていた貴様を拾い……一人前の魔法使いに育て上げた……この私を……殺すのか?」
「……」
「皮肉なものだ……私が教えた魔法で……私が育てた魔法使いに……倒されるとは……」
「ミカエル」
「ふ……ふふ……しかし後悔することになるぞ……! 我々ルシファーにたてついたことを……!」
「……」
「私が死んでもルシフェル様は……幻の古代魔法を蘇らせる……そして……この国……いやこの星は……ルシファーのものとなるのだ! 貴様はずっと命を狙わ れることに なる!」
「ミカエル、ルシフェルは死ぬ」
「もしそうならば……貴様は常人を殺した者として一人孤独の闇に身を預けることになるのだ……! どのみち貴様に未来など……無い!」
「……言いたいことはもう済んだ?」
「……」
「殺してあげる、苦しまないように……」

 ドスッ……。

 と鈍い音がした。
 血が辺りに飛び散る……しかしそれはミカエルのものではなく……。

「う……そ……なん……で?」
 飛燕さんの腹を何かが貫いている。
 後ろには、さっき死んだかと思われていたガブリエルの姿があった。

 3

 飛燕さんの体がゆっくりと倒れた。

「ふふ……馬鹿な女……油断するからよ」
 ガブリエルはよろよろと歩きながらミカエルの近くへと行った。

「ミカエル……大丈夫?」
「ガブリエルか……さすがだ……しかし私は……もう」
「しっかりしろ! もうルシフェル様の偉大な計画の完成は目の前なんだ! それまで死ぬな!」
「……ふっ、私も弱くなったな……こんな女に倒されるなど」
「飛燕っ……!」
 ガブリエルははっと目を開いて、倒れている飛燕さんを睨みつけた。
「この……! 裏切り者の腐った女め! あなたがいなければ……!」
 ガブリエルは足で飛燕さんを蹴った。

「ちょっと……待て」
 俺はゆっくりと立ち上がった。
 ミカエルとガブリエルが俺を睨みつける。

「もう我慢の限界だ、飛燕さん……陽炎……時雨……どこまで人を傷つける!」
 檻がガタガタと震えた。
「いかんっ……! 葵っ! 司を止めろ!」
 ミカエルが叫んだが、その前に檻は音を立てて粉々に崩れた。

「く……!」
「私がっ……!」
 ガブリエルはミカエルの前に立った。
「水針!」
 水の針が飛んできた。
「……鬱陶しい!」
 俺が突風を使うと、勢いを失った針は地面へ落ちていった。
 一歩俺が進むと、ガブリエルはひるんだ。

「司……! 私たちを……殺す気……?」
「……」
 俺の耳には何も入ってこない、ガブリエルが放つ魔法を次々に相殺しゆっくりと進んでいく。
 気がつくと、俺はもうガブリエルの前に立っていた。
「邪魔だ」
 ガブリエルを横に突き飛ばした。
 全く無抵抗のまま転ぶガブリエル。
 そして俺はミカエルを見下すと、隣で倒れている飛燕さんを抱き上げた。
「う……」
 まだ息はある。
 しかし飛燕さんの腹からは血が流れ続けている。
 俺は振り返り、今歩いてきた道を戻ろうとした。

 だが――。

 ポタリと床に血が落ちる。
 ガブリエルは俺に攻撃をするのを止めるつもりはないようだ。
 それはつまり、俺との戦闘を逃げ出したわけではない。
 ならば俺がガブリエルに攻撃しても何ら問題ない――。
 俺に攻撃をしようとしていたガブリエルの体を、俺の旋風が貫いていた。

「ガブ……リエル!」
 ミカエルの悲痛な叫びが背から聞こえる。
 俺は、少し離れたところに飛燕さんを下ろすと、ミカエルの方を向いた。

 俺の目に入ってきたのは、瀕死のミカエルとガブリエルだった。

 ヒュウゥゥ……。

 俺が両手を頭上で組み合わせると、竜巻が発生した。

「――かさ!」
「……ん」
「司! できることなら……私は貴様と正々堂々本気で戦って死にたかった!」
「……それが遺言?」
「……そうだ」
「バーカ、お前に限って……絶対にそんなことはない」
「……」

 二つの腕を組んで、ミカエルに向けた。
 そして――。

「大空波!!!」
 激しい空気の渦が、ミカエルとガブリエルを襲いそのまま呑み込んだ。
 これが、ガブリエルとミカエルの最期だった。

 大空波がようやくおさまったとき、ミカエルとガブリエルの姿はそこにはなかった。
 これがルシファーの手下である事による運命。死体は残らない……。

「……あり?」
 後ろでやけにのんきな声が聞こえた。
「葵さん……」
「あ……司くん? えっと……ここどこ?」
 葵さんは周りをキョロキョロと見渡す。
「随分暗いところね。これって……夢?」
「夢じゃないよ……」
「ねぇ……どういうこと? 説明して司くん……きゃっ?」
 葵さんは自分の服に付いている血痕に驚いた。
 俺に刀で攻撃してきたときについたものに違いない。
「悪いけど、今は説明なんかしている時じゃない……」
「え……?」

 俺は飛燕さんの元へと行った。
 血を流しながら倒れている飛燕さんを見て葵さんはとても驚いた。
「司くん! この人――」
「しっ……」

「……司くん?」
 飛燕さんの唇がかすかに動いた。
「飛燕さん、俺だ」
「ミカエルと……ガブリエルは倒した……?」
「……ああ」
「そう――…強くなったね……司くん」
 げほっと、血の塊を吐いた。
「悪いけど……私はルシフェルとの戦いに加われない……ゴメンね」
「飛燕さん、もう話さないで……病院に連れて行くから!」
「無理よ……このアジトは山奥にある……病院なんて……ないし……それに……私はもう……」
「飛燕さん!」
「司くん、今ルシフェルを止められるのはあなただけ……ルシフェルの野望を必ず……阻止……」
「いやだ……死なないで……!」
「私は罪を犯した身……きっと……これが罰なのよ……」
「嘘!」
 葵さんが叫んだ。
「葵……?」
「それが罰だって? ここで死ぬのが? 飛燕が死んだら私はどうすればいいの!? 誰に怒りをぶつければいいの!? 一生かけて償っていくって約束した じゃない! 卑怯よ!」
「……そうね……でも……」
「飛燕さん?」
 気がつけば、飛燕さんの手足が消えている。
「これ……は?」
「シャドゥ・ブラッドを飲んだ身だからね……死んだ者は消えていくだけ……」
「ひ……」
「さよなら……」
 最期にそれだけ言うと、飛燕さんの姿は炎に包まれ消えた。
「飛燕さん!!!」

 その叫びは、むなしく部屋に響き渡った。

「飛燕……」
 隣で葵さんが涙を流している。
 俺はゆっくりと立ち上がった。

「どこに行くの……?」
「……」

 葵さんに構わず、スタスタと歩いた。

「待って……! 私をおいていかないで……!」
「来るな! これから先は……危険だ」
「……何をするの?」
「全てに決着を付ける……そして終わらせるんだ」
「でも……」
「だから危険なんだ、それに葵さんがいても足手まといになるだけだ。それよりも、葵さんはここでやっていてもらいたいことがある」
「何……?」
 俺はある方向を見つめた。
 葵さんはその視線の先を追う。
「あれ……人? 倒れているよ?」
「気を失っているだけだ、あの人を看てやってくれる?」
「大丈夫? 噛みついたりしない?」
「……」
「あと……もしも悪い人に襲われたらどうすればいいの? 助けてくれる?」
「……その時は……あそこに落ちている刀を使って身を守るんだ」
「えっ……!? かたなぁ?」
「剣道二段なんだろ?」
「あのね…そんなこと言ったって真剣と竹刀じゃ全然違うよ!」
「……でもないよりはマシだよ」

 俺は再び歩き、玉座の後ろにある扉の前まで来た。
「司くん!」
 葵さんに呼び止められ、後ろを振り向いた。
「……戻ってくるよね?」
「……必ず、時雨と一緒に……」
 扉を開ける。
 ギィという重い音がした。

 先は暗く長い道が続いている。
 俺は軽く深呼吸すると、ゆっくりと道を歩きだした。

 暗く冷たい、どこまでも続いているかのような道。自分の額に汗が浮かぶのがわかる。
 この奥にルシフェルと時雨がいる。
 ルシフェルのことを考えると、自然に手に力がこもった。
 俺を動かしているのはルシフェルへの憎しみ――。飛燕さん、陽炎、葵さん、時雨、そして犠牲になった常人たち……、その全員分の恨みの念が俺の体の中で 一つ になり、ルシフェルを殺せと叫び続ける。

 長い廊下はそこで終わった。
 目の前にあるのは一つの鉄の扉だけ。

「烈風!」
 高い音を立てて、扉は前に倒れた。
 そしてゆっくりと奥へと進んでいく。

 4

「来たか、司」
 円形の部屋の中にルシフェルはいた。
 その隣には床に横たわっている時雨の姿があった。
「時雨! ――ルシフェル……お前ーっ!」
「安心しろ、まだ生きている……。私の言うことを拒み続けるので、少し痛い目に遭わせて従わせようとしたら気を失ってしまった……」
「――っ!!!」
「いい目をするな、そうだそれこそ暗黒の力だ。憎しみに燃えた目、私の後継者にふさわしい……!」

 はっ、とその言葉で我に返った。
 俺は一体何をやっているのだろうか、憎しみの意味の無さを言ったのは弥生司、お前ではないか。

「どうした……?」
「ルシフェル、聞きたいことがある」
「ん……?」
「どうしてお前は、時雨を執拗に追い続けた?」
「それを聞いてどうする? 貴様にはこの女など関係ないだろう?」
「……」
「まあいい、特別サービスだ。時雨の母親は、私の妹であることは知っているな? そして私の一族は代々幻の古代魔法を預かってきた。我々の先祖は自分に子 供が産まれ、その子供が一人前になるとその幻の古代魔法を子供へ与えることで次の世代へと受け継いでいったのだ。長男であった私は親からその力を引き継ぐ はずであった」
「幻の古代魔法……」
「しかし、私がまだ貴様ぐらいの年の頃、腐りきった常人が村を襲った際、幻の古代魔法を受け継いでいた父は、死ぬ前に私と妹に力を半分ずつにして分け与え たのだ!!」
「……」
「おかげで私は幻の古代魔法を使うことが出来ない。だが幻の古代魔法さえ手に入れられれば、腐りきった常人どもを根絶やしにすることが出来るのだ!」
「つまり……、もう半分の力を持った時雨の母親から力を奪うために時雨を人質にするのか?」
「いや……違う、確かに妹から力を奪い取ろうとしたことは何度かあったが、彼女も純系の強力な魔法使い。ましてや幻の古代魔法の力を半分受け継いでいる身 だ、そう易々とはいかない。そのため、私は好機を待ち続けた……。しかし、数年前に妹と会ったとき、彼女にはもう幻の古代魔法の力など残されていなかっ た。これがどういうことかわかるか?」
「まさか時雨が――!」
「そう、幻の古代魔法は時雨が受け継いだのだ!」
 よく見ると、部屋では戦いがあった痕がある。
 ルシフェルは時雨から力を奪おうとしてさっきまでここで戦っていたのだろうか。

「ふふ……。今ここで時雨から力を奪えば、世界は私のものとなる。唯一の誤算は、貴様がミカエルとガブリエルを倒し、ここにやってきたことだ」
「何故お前は俺を引き取った? 初めから手下にしようとして育てたのか?」
「……私もそろそろ歳だ――、崇高な計画を果たす前に死んでしまうかもしれない……。あいにく、子供に恵まれなかったため後継者を手に入れる必要があっ た。だから、孤児院にいた魔法使いである貴様を養子にし、毎日瞑想をさせて魔力を高めさせた。そして最後には、貴様にシャドゥ・ブラッドを飲ませ私の人形 にしてからその体をもらうつもりだ」
「は……俺の体を……?」
「最高の教育のおかげで貴様は極上の器に仕上がった。さっきは怒りにまかせ殺そうとしてしまったが、後でとても惜しくなった。だがこうして戦いを勝ち抜き ここまでやってきたのだ。まあ……うれしい誤算というやつだな」
「……」
「いきなり体をくれと言っても、首を縦には振らないだろうな……」
「……当然」
「ならば……もうわかるな?」
 ルシフェルの手が青い炎で包まれる。
「貴様の魂を抜き取り、器だけ残す。そして私の魔力をその体に注ぎ込んだ後、魂を器に移す……。その後、時雨から古代魔法の力を奪い取り……腐りきった常 人どもに復讐をするのだ! これぞ崇高なる魔法使いの革命!!! 今! これから歴史的な第一歩を踏み出す!」

 ルシフェルの考えは、子供が頭の中で描くような単純で実現し得ない夢物語だ。
 彼はもう完全に狂っている。

 結局、偉そうなことを言っても最後は力づく。
 ――俺は負けない。

「覇王炎!!!」
 青白い、いくつも連なった炎の塊が、ルシフェルの手から俺目がけて飛んでくる。
「烈風!」
 空気の渦が炎の塊をまき散らす。
 しかし、一つ一つに分散した炎の塊はまるで生きているかのように、俺に向かってきた。
「旋風!」
 分散した炎の塊のうち、一つを相殺するが、俺にはそれで精一杯であった。
 全てを相殺できないと予想した俺は素早く炎の塊を回避した。
 だが、炎の塊は軌道を変え、俺の逃げ場を無くしていくように先回りして取り囲んでいく。

 気がつくと、四方八方青白い炎に囲まれ、完全に逃げ場は失われた。
「天罰!!!」
 上から凄まじい音を立てて稲妻が落ちてきた。
 間一髪で避けたが、周りは炎に囲まれているため逃げ続けることは不可能だ。
「空波!」
 空気の波が炎にぶつかっていく、しかし炎はびくともしない。
 そうこうしているうちに天罰の第二撃がきた。
 今度こそ逃げ場がない。

「くそっ……!」
 俺は手を上に掲げ、手に魔力を込めて頭上に落ちてくる稲妻を相殺しようとした。
 けれども、予想以上に天罰の威力は強く、防ぎきることが出来ない。
 だからといって力を抜くと、稲妻が体に直撃する。
 どんどん上から押されていく、まるで岩を両手で支えているような感じだ。

「……まあそんなところだろうな」
 ルシフェルの声が聞こえた。
「半分とはいえ、古代魔法の力を受け継いでいる身だ。貴様のような半分穢らわしい常人の血が入った魔法使い程度には負けぬ」
「ちっ……」
 悔しいが、ルシフェルの魔力には勝てない。
 相殺しようとしているだけでどんどん体中の魔力が抜けていく。
 頭が重くなり始めてきた。そろそろ本当にマズい……。

 ビュン!

 青い光が走り、天罰の稲妻が消えた。
「……っ!?」
 もう一度、青い光が走る。
 すると、俺の周りを囲んでいた炎が瞬く間に消えていった。
「大丈夫ですか? 司さん!」
 時雨が走って俺の隣にやってきた。
「時雨! 体……大丈夫なのか?」
「はい……私は何とか……」
「時雨……! くっ……まだ動けるとは……」
 ルシフェルは悔しそうに歯ぎしりをした。

「ルシフェル! 司さんを傷つけるなんて……! 許さないです!」
 珍しく時雨が怒っている。
 まあこの状況で怒らない方もおかしいのだが。
「……時雨、どうする気だ?」
 時雨はルシフェルを指で指した。
「……これ以上、私の大切な人に手出しはさせません。もしも手を出すのなら……私はあなたを倒します」
「……」
 ルシフェルは少し目をつぶって何かを考えた後に言った。
「時雨、もう一度言う。これが最後だからよく聞け。私の妹――お前の母は常人がどのくらいひどいことを我々にしてきたか知っている。お前の祖父も、祖母も 常人どもに殺された。残酷に……生物兵器の実験台として……もはや人権など無い……。お前の母も知っているはずだ、必ず常人どもを殺してやりたいと思って いるに違いない。お前の母のためにも……全魔法使いのため に、幻の古代魔法の力を私にくれ。お前にも悪いようにはしない、どうやら息子のようだが――お前の大切な人に危害を加えることもない……さあ」
「ルシフェル、俺はもうお前の息子ではない」
「黙れ! 貴様には関係ない! さあ……時雨」

「……嘘です」
「……」
「私聞いていました。あなたは司さんの体を奪う気なんでしょう?」
「……ちっ」
「理想郷だとか何とか言っていますが、結局は復讐……その先にはなにもありません! 幻の古代魔法はそんなことのために使うものではありません!」
「ならば何のために使う? 使わないのならば何のために受け継がれてきた?」
「……」
「答えられないだろう? 受け継がれてきたのは、必要なときにいつでも使えるようにするためだ。そう――崇高なる計画のために……さあ!」
「断ります」
「……痛い目を見ることになるぞ?」
「……」
 ルシフェルの腕が再び青白い炎に包まれた。
「……これが最後だ、私に力をよこせ、さもなくば痛い目に遭うぞ」
「……」
「返事は?」
「吹雪!!!」
 空中に魔法陣が描かれ、そこから猛烈な吹雪がルシフェルに襲いかかった。
「ぬっ!?」
 ルシフェルの前に炎の壁が現れ、吹雪を遮る。
 吹雪がおさまると、炎の壁も一緒に消えた。

「これが返事か、時雨?」
 時雨は無言でこくんと頷いた。
「……残念だ。しかし拒んでも私に勝てないことをわかっているだろう? 痛い目に遭うか、遭わないかの違いだというのに……本当に物わかりが悪いな」
「二対一ではどうだ?」
 俺は時雨の前に出た。
「貴様……」
「どっちにしろ、俺は殺されるんだろ? だったら最後まで戦ってやる。お前の崇高な計画とやらも一緒に……消してやる!!!」
「司さん……」
「……これが最終決戦だ。貴様ら二人を半殺しにし、司の体と時雨の力を手に入れる……! そして理想郷をたてるのだ!!!」
「聞き飽きたよ……!」

 俺は手を組むと、先制の大空波を放った。
 凄まじい風が起こり、全てを巻き込んでしまうかのような渾身の一撃だ。

「こんなものっ!!!」
 ルシフェルが右手を掲げると、魔法を唱えた。
「竜巻!」
 大空波は竜巻と激しくぶつかり合った。
 お互いの渦は、すごい勢いで威力が弱まっていく。
「魔笛!」
 ルシフェルの左手が掲げられた。
 すると、奇妙な高いのか低いのかよくわからない不快なメロディーが部屋全体に響き渡った。
「く……!」
 もはや音楽といえるのかでさえ危ういその不協和音は俺の鼓膜に響き続ける。
 激しい頭痛に襲われ、体中から力が抜けていくのがわかる。
「氷柱!(つらら)」
 氷の槍が飛んでいき、ルシフェルの左腕を貫いた。
「ぐあっ……」
 俺を苦しめていた音楽がぴたりと止んだ。
「……助かったよ時雨、あの音……平気だったのか?」
「いいえ……。でも、あの音を聞いているとどんどん魔力が失われていくんです。あの場合苦しくても音の発生源を攻撃しないと……」
 まいった。
 時雨は俺に比べてしっかりしている。
「……もう少し頑張らないと」
 俺は、再びルシフェル目がけて魔法を放った。
「烈風!」
 しかし、ルシフェルは微動だにせず、やはり腕一本で相殺した。
「司さん……! ダメですよ……! バラバラに攻撃していてもルシフェルには効きません!」
「じゃあどうすれば……?」
「連係攻撃です!」
「連係……?」
「はい……! 二人で一緒に魔法を放つんです!」
「そうか……!」

「今度は私からいくぞ!」
 俺と時雨が話している間に、ルシフェルは腕を大きく掲げると魔法を放った。
「隆起!」
 足下の床にヒビが入ったかと思うと、岩が下からつきあがってきた。
「危ないっ!」
 俺はとっさに時雨の手を引いた。
 しかし、バランスを崩し、二人で地面に倒れ込む。
 ルシフェルはその隙を見逃さなかった。

「天罰!」
 倒れている俺達目がけ、一直線に稲妻が落ちてきた。
 俺は素早く立ち上がり、倒れている時雨を突き飛ばした。

 ドオォォォン……!!!

 さっきまで俺達が倒れていたところに稲妻が落ちる。
 その場所を中心にヒビが放射状に走った。

「……すごい威力だ」
「感心している場合じゃないです! 次が来ますよ!」
 ルシフェルは、宙に指で魔法陣を描いた。
 魔法陣の中心に黒い渦が発生し、それはどんどん大きくなってくる。
 大気がゆがみ、吸い込まれていくような錯覚まで起きる。

「司さんっ、気をつけてください! かなりの高等魔法です!」
「見りゃわかるって……!」
「漆黒(しっこく)!!!」

 魔法陣から黒い閃光が放たれた。
 空気がびりびりと震え、何とも言えない不快な音がする。
「あ……」
 避けようとするが、何故か足が動かない。
「司さんっ!」
「あれ……?」
 目の前に俺を殺そうとする死の闇が迫ってきているのに、体中の力が一気に抜けた。
「おかしいな――」

 ドオォォォォォォン……。

 気付いたとき、俺に漆黒が命中していた。
 痛みは無い、代わりにとても不快な感触が体中を駆けめぐる。
 体中のありとあらゆる血管の中を、蟲(むし)が這いずり回っているようなそんな奇妙な感覚。

「何で避けないんですか!?」
 足が言うことを聞かず、座り込んだ俺のところへ時雨が走ってきた。
「相殺もしないで、棒立ちのまま、まともに魔法を受けるなんて……!」
 次の瞬間、時雨が浮いた。
「え……?」
 時雨は横に飛ばされ、壁に激突した。
「……突風」
 ルシフェルが突風を放ち、時雨を飛ばしたのだ。

 そしてルシフェルはゆっくりと俺の前まで歩いてきた。
「何故、司が動かなかったか?種明かしをしよう」
 時雨は立ち上がれないでいる。
「魔法陣として描かれた瞳、それを見た者はしばらく中枢神経が麻痺し、体が動かなくなる。司はまともに瞳を見てしまっていたのだ」
 ルシフェルが俺の胸に手を伸ばした。
「もらうぞ……貴様の体!」
「う……」
 ルシフェルの手が黒く輝く。
「魔手……!」

 覚悟を決めたとき、目の前を高速で何かが通り過ぎた。
 それと同時に紅く、熱い液体が俺の顔にかかる。

「な……!」
 床に人間の腕が落ちた。
「私の……腕が……!?」
 ルシフェルの左腕が肘の先から無くなっている。
「時雨――っ!」
「油断しましたね……私はあの程度の魔法では倒れません」
 ルシフェルが後退する。
「氷刃(ひょうじん)!!!」
 氷の刃が高速でルシフェルに飛んでいった。
 これがルシフェルの左腕を切断したのだ。
「業火!」
 ルシフェルが業火の魔法で相殺する。
「司さん! 反撃です!」
「え……、お……おう!」
 気がつけば体が軽くなっている。
 体の中を駆けめぐっていた、あの不快な感覚もなくなっている。
 魔法の効力が失われたのだ。

 俺は立ち上がると、烈風を放った。
 それと同時に時雨が吹雪を放つ。
「猛吹雪!」
「く……!」
 ルシフェルは一本になった腕で、辛うじて俺と時雨の連係攻撃をしのいだ。
 床と壁が凍り付き、真っ白になった床にルシフェルの血が落ち、真紅に染めていく。
「空波!」
「吹雪!」
 空波と吹雪が融合し、雪嵐となってルシフェルを襲った。
 これが連係攻撃の威力である。

 攻撃に耐えられなくなったルシフェルは、片膝をついた。
「とどめの一撃です!」
「よし――」
 俺は両手を頭上で組んだ。
 俺の切り札の魔法――大空波。
 そして時雨の強大魔法――吹雪。
 これら二つの強大魔法は一つの極大魔法へと変わる。

「絶対零度(ぜったいれいど)!!!」


 部屋が凍り付いた。
 今までの戦いを超越した威力を誇る魔法が狭いこの空間で放たれた。
 白くなっていく世界の中で、ルシフェルの叫び声だけが聞こえる――。

「やっ!?」
 時雨の声が聞こえたので、そちらを振り返った。
 見ると、体がボロボロになって息も絶え絶えのルシフェルが、時雨の首に手をかけていた。
「これでは……終わらぬ!」
 ルシフェルの残った右腕が黒く光った。
「やめろ――!」
「魔手!」
 ルシフェルの腕が、時雨の体に突き刺さった。

 5

「あ……」

 ――絶望。

 その腕は完全に、時雨の体を貫いていた。
「こ……の……!!!」
 体中が怒りで震えた。
 時雨は虚ろな目をして、宙を仰いでいる。
「烈風!」
 近距離から、ルシフェル目がけ怒りの一撃を放った。
 腕が一本しかないルシフェルには防ぎようのない一撃だったが……。

 ルシフェルの体が光に包まれ、烈風ははじき返された。
 同時にルシフェルの傷が癒えていく。
「……ふふふ」
 ルシフェルが笑い出す。
「ついに……ついに手に入れたぞ……! これぞ究極の力! 幻の古代魔法!!! 今一つになり、蘇ったのだ!」
 足下が大きく揺れた。
 外でとんでもない音がする。

 この世の終わりとも思えるような地震が襲いかかってきた。
「ルシフェル――っ!!!」
「これぞ幻の古代魔法! 今や私は完全となった! 腐りきった常人どもが支配する世の中を破壊し尽くす! その第一段階がこの地震なのだ……!」
 ルシフェルの目は完全に狂気を秘めている。
 止めようとして、魔法を放つべく腕をルシフェルに向けたがルシフェルに睨まれた瞬間、体全体が凍り付いたかのように動かなくなった。
「重圧……? なんて……威力……」
「素晴らしい……、あとは時雨から幻の古代魔法を完全にインストールし、発動させるのみ……! 邪魔できる者など一人も存在しない……! 私こそが最強な のだ!」
「く……そ……」

 体が前に倒れた。
 激しい揺れが俺を襲う。
 壁や天井にヒビが入り、パラパラと崩れていく。
 床に耳を当てると、地面に次から次へと衝撃がはしるのがわかる。
 今どこにいるのかわからないが、外の様子はわからないが……。

 ――地獄だ。

 世界が破壊されていく。

 悔しさのあまり、涙が出た。
 こんな男を許してはおけない、飛燕さんや陽炎、明、葵さん、時雨のお母さん……。
 みんなの期待を背にうけて、ここまで来たのに……、俺の力はこんなものなのか?
 所詮……駆け出しの魔法使いにすぎないのか……?

 顔を上げた、ルシフェルの腕は今だ時雨の体に突き刺さっている。
 時雨の体からは力が抜け、ぐったりとしている。
 支えているのはルシフェルの腕一つだけ。

「この……!」
 腕に力を込める。
「動けよ……! 俺の体……!」
 俺の脳は全力で体を動かそうと命令した。
 しかし、体は脳の命令に応じてはくれない。

 時雨を助けたい、ルシフェルを倒したい、この世界を救いたい――っ!!!

「……!?」
 体が浮いた。
 さっきまで体が重かったのが嘘のように、ふわふわと宙に浮いているのだ。
「魔法……?」
 そう、俺は魔法使いだ。
 風を操ることが出来るのならば、自分を風で操ればいい。
「飛翔!」
 俺は猛スピードで飛び出した。
 ルシフェルが気付く前に、近づき、そして近距離で旋風を放った。

「むっ……?」
 一瞬だが、ルシフェルはひるんだ。
 その間に時雨とルシフェルを引き離そうと、時雨の体に触れた。
「突風!」
 ルシフェルが叫んだ瞬間、俺の体はまるでボールか何かのように軽々と吹っ飛ばされた。
 激しく壁にたたきつけられ、地面に倒れ込む。

「無駄だ……私にかなう者などこの世にはもういない……!」
「く……は……」
 激しい痛みが体中を襲う。
 最後のチャンスも、失われた。

 俺にはもう気力が残されていない。
 できることは、この世の終わりを見ることだけ――。

「……!」
 そのとき、時雨の目が覚めた。
 ぐわっ、と手を伸ばしルシフェルの胸に手を押しつける。
「魔手!」
 時雨の腕が、混沌となりルシフェルの体の中に入っていく。
「時雨……! 何故……!」
 ルシフェルはかなり驚いている。
「司さんが……私に力をくれました」
「何……? まさか……今……!」
「今、司さんが触れたときに、司さんの中から力が流れてきました……。ルシフェル、あなたに幻の古代魔法は渡さない……!」
 はて……俺には瀕死の時雨を回復させるような力など無いはずだが……。

「返してもらいます……!」
 時雨の腕からルシフェルの魔力が吸い取られていく。
 目には見えないが、ルシフェルの力がどんどん失われていくことでわかる。

「……終わらせます」
「時雨……やめろ……」
「幻の古代魔法……その力を今使います」
 時雨は一呼吸おいて言った。

「刻の雨(ときのあめ)!!!」

 部屋全体が輝いた。

 さっきまでずっと続いていた地震も止まり、暖かい光に包まれていく。
 その中で、ルシフェルが内側から消滅していった。
 その断末魔は、光の中で静かに響いた……。

 これが、ルシフェルの最期――この戦いの終わりであった――。

 俺は急に眠気に襲われ、白い世界へと落ちていった。
 その途中で、時雨の声が聞こえる。

 ただ、「ありがとう」と……。

 エピローグに続く。

NEXTエピローグ