〜トキノアメ〜
ISM 作
<プロローグ>
俺には、小さい頃から不思議な能力があった。
俺は貧乏だが、優しく明るい家庭に生まれ、親の愛情を受けて育ってきた。
貧乏というのにも色々あるが、うちの場合は本当に貧乏、親父には定職がなかった。
そんなわけで親父もお袋も毎日朝早くからパートで出かけ、俺は保育園に通わせてもらっていたのである。
普通の五、六歳の子供ならば、欲しい玩具などはたくさんあるだろうが、俺は欲しがることをしなかった、まあ要するに欲がなかったわけだ。
だが、ある日のこと、近所に住む子供が俺に買ってもらったばかりのカードを見せびらかしてきた。
そこで初めて見たカードはとても格好良かった。
当時流行っていた、俺も大好きなキャラクターが描かれていて、しかもそれが太陽の光に反射して七色に光っている。
帰ってすぐ、俺は親父とお袋に“買って”と頼み込んだ。
生活が苦しいからそんなくだらないものを買う金など無い、と言われても幼い俺にはわかるわけがない。
あまりにもしつこく頼み込んだので、親父はついに俺の頬を平手で打った。
パン
と、乾いた音が鳴った。
俺は泣いた。
痛かったから泣いたのではない、悔しかったのだ。
なんであの子は買ってもらえるのに俺は買ってもらえないのだろうか、あの子と俺の一体どこが違うのだろうか、と泣きながら考え続けた。
そして次の日、またその子に会ってカードを見せてもらおうとした。
だが、その子は昨日とは違うカードを持っていた。
昨日のはどうしたの?
と聞くと、あれはもう汚れたから捨てたと子供は言った。
その時、俺の中で何かがキレた。
次の瞬間――カードは子供の手を離れ、宙を舞い、びりびりに引き裂かれた。
わっ、と子供は泣き出した。
――泣けよ、どうせまた買ってもらえるんだろう。
俺はその時なんとなく“やってやった”という満足感に浸りながら家へと帰っていった。
夜、俺の家に子供の親がやってきて、俺の両親を怒鳴りつけていた。
しばらくして、子供の親が帰っていった後、親父とお袋は俺にカードのことを聞いてきた。
「一体どうしてカードを破いたの?あの子が一番大切にしていた物だそうよ」
とお袋は言った。
俺はただ一つ、
「知らない、僕がやったんじゃない、風が勝手にやったんだ」
と言った。
その時、親父もお袋も目を見合わせ、そして恐ろしい物でも見るかのように俺を見るようになった。
それ以来、俺は両親に遠ざけられるようになった。
だが、それでも俺の機嫌が悪いときは先回りして俺をなだめ、興奮しているときには落ち着かせた。
実はこれには訳がある、カード事件の後、俺の感情が高ぶったとき、必ずといっていいほど、俺の周りの物が飛ばされたり、粉々になったり、あるいは完全に消
滅してしまったからだ。
そのたびに俺も怖い思いをし、なるべく冷静さを保とうとは努力をしたのだが所詮は子供。
あるときは、店の商品を粉々にしてしまったり、散歩中の犬を吹き飛ばしてしまったり…と周りに散々迷惑をかけてしまった。
おかげで周囲の人たちは俺達一家を避けるようになり、俺も悪魔の子と異名をつけられた。
小学校二年生の春、お袋はこの世を去った。
“死”ということを知らなかった俺は何のことかよくわからず、親父は
「もう母さんとは会えないんだ」
と言った。
それ以来、親父は働きもせず、毎日酒を飲んでいた。
お袋が死んだことと、周りからの視線に精神ストレスを感じ、そのストレスは俺への暴力という形で発散された。
俺も初めは我慢していたが、俺も精神的、肉体的に苦痛を受け続け、学校でも一緒に話す友達がいなかった俺は、ついに、たまったストレスが爆発して家の扉
を吹き飛ばしてしまった。
それを見た親父は顔をこわばらせ、次の日俺を施設に預けた。
施設でも、俺は独りだった。
きっかけは、本当にくだらないことで腹を立てて物を壊してしまったからだ。
孤独であることの苦痛。
周りから避けられるという事による苦痛。
それをずっと感じ続ける毎日が続いた。
だが、施設の生活が一年近く続いた後のある日。
施設に弥生 巌龍(やよい がんりゅう)という男が訪ねてきた。
巌龍は背が高く、少々痩せ気味な体格、威厳のある顔立ちに長くて白いヒゲが印象的な男だ。
巌龍は施設をぐるっと一回りした後、園長先生となにやら話し、そして俺のところにやってきて言った。
「私の養子にならないかね?」
それは俺にとって、とても驚くべき言葉だった。
周りの子供や先生も驚いて俺の方を見ている。
「はい」
俺はそう言った。
「よろしい――名前は何というのかね?」
「司(つかさ)です」
「よし、では今日からお前は弥生 司だ」
その時、何故俺が養子になると答えたのか…今でもよくわからない。
ただその時は見えない力――運命にただ従っているというような感じだった。
俺は車に乗って、巌龍の家へと連れて行かれた。
そして、そこで全く新しい俺の人生が始まるのであった。
プロローグ 完
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