あなたにだけの贈り物

 やられた。

 俺は頭を抱えつつ、床に置かれている細長いダンボールの中身を見た。
 差出人不明の宅急便、そういったモノは受け取るべきではないというのは正しいと思われる。興味本意で開けた箱の中身は、トンデモナイ物だった。

(魔法使いリリィちゃんの等身大抱き枕!)

 いたい、痛すぎる。
 時限爆弾とかキングコブラ、そういった類の物理的に危険なモノでこそなかったが、これはある種の危険なモノである。
 このテの知識がないため何処のキャラクターか知らないが、現実世界にいたら危ないほどの大きな目と、どう見ても人間とは思えないピンク色の髪、挙げ句の 果てに「不思議な不思議な魔法だぉー☆」と謎の語尾と、目的不明な記号のついた言葉を発している。
 というか、これは一体どんな人を対象に作られている商品なのか?
 一見子供向けのキャラクターだが、等身大抱き枕という時点で子供を対象としているわけではなさそうである。
 頭の中では、ガリガリでメガネをかけた陰気なパソコンオタクか、電気街に出没する太ったオヤジという二パターンが浮かんだ。
 とにかくだ、こんな物を家において置くわけにはいくまい。持っているだけで人間性が疑われる、俺にこんな趣味はない。
 とりあえず、慌ててダンボール箱のふたを閉じ、そしてガムテープを再び止め直す、後は近所のゴミ捨て場へレッツゴーである。
 俺は一直線にゴミ捨て場へと向かった。そして、お隣さんの家の前にあるゴミ捨て場にダンボールを置く、これで俺は救われた……。
「こらっ!」
 閑静な住宅街に、声のでかいおばさんの怒鳴り声が轟いて、思わず俺はすくみ上がった。
 こりゃ、一ターンは行動できない。
「坊や、今日はゴミの日じゃないんだよ! そうやって日にち関係なく捨てていく輩がいるからいつの間にか路上にゴミがたまっていっちゃうんだよ! 燃えな いゴミは明後日!」
 あうあうあう……閉口。
「さっさと持って帰る!」
 おばさんの勢いに圧倒されて、俺はダンボール箱を再び抱えて家へと引き返すことになった。
 そういうわけで、仕方なく俺はこの厄介な物と残り二日間を過ごすことになるのであった…。

 ぴんぽーん♪
 ……と家に帰り着き、ダンボール箱を二階に置いたのとほぼ同時に、家の呼び鈴が軽やかに鳴った。親がいないために俺は面倒ながらも渋々と一階に下りると ドアを開けた。
「やっほー、遊びに来ちゃった!」
 そこには、付き合って三週間になる俺の彼女がちょこんと立っていた。
「……あのな、いくら恋人同士とはいえ、わざわざ休みの日に隣町からはるばると来るものなのか?」
 俺は頭を抱えながら言った。
「うん、だって暇なんだもん」
「……」
「あっ、待ってドア閉めないで」
「……なんだよ」
「あのさー仮にも彼女がこうして遊びに来たんだよ? なんとかするってのが男じゃないーっ」
「……上がれよ、とは言ってもせんべいぐらいしか出せないぞ」
「お構いなくー」
 八分音符がくっついているような明るい口調で返事をしながら、彼女は家の敷居をまたいだ。
 釈然としない気持ちのまま、俺は彼女を二階にある俺の部屋へと先に行かせようとした……が、頭の中にサンダーボルト!
 しまった、と思いながらも俺は彼女を抜いて二階へと駆け上がる!
 とりあえず証拠隠滅! 俺はダンボール箱をクローゼットの中に縦に押し込むと勢いよく閉じた。
 それと同時に、不思議そうに顔を傾げながら彼女が部屋へと入ってきた。
「なんか……まずかった?」
「いや……別に」
「冷汗かいてるよ?」
「……平気です、大丈夫ですよ」
「……?」
 疑問符が頭の上に浮かんでいる彼女にとりあえず座布団を用意し、お茶菓子を用意するために一階にある台所へと向かった。

 一方彼女、なんだか今日はいつもと調子が違う彼氏に戸惑いながらも、恋人の部屋に入れたことで胸は弾んでいる。
 部屋を見回すも、本棚にマンガの量は少なく、机は綺麗に整頓されていて参考書がずらりと並んでいる。
 どこからどう見ても優等生そのもの。
 ちょっと冷たくて真面目で固すぎるところがあるけれど、私はそこに惚れたのだ。うん。
 すると、突然背中でごとんと音がして、驚いてふり返った、何かがクローゼットの中で倒れたようである。
 そういえば……彼は私が入る前に慌てて何かを隠していたような気がする。
 冷たくて真面目で固すぎるほどに優等生な彼が私に隠すモノって何だろう、と彼女は興味津々にクローゼットを少し開けてみることにした。
 すると、倒れた弾みで完全に止まっていなかったガムテープが外れ、ごろんと、クローゼットの中に倒れていたダンボールからふわふわとした細長い物が出て きた。
 それをまじまじと凝視する彼女……そして……。


「お茶煎れてきたよー」
 俺は部屋に入るなり、異変に気づいた。
 開いているクローゼットから倒れたダンボール、そして転がり出た抱き枕、そしてそれを眺める彼女…。
「あう……あうあう……」
 頭の中がまっ白になっていく、なんだか非常にまずい予感……。
「あの……これって……」
 顔を赤らめてこっちを見る彼女、そんな汚いモノを見るような目をしないで欲しい……。
「いや、これは今日さっき頼んでもいないのに知らない人から届いた物で、別に俺の趣味ではない……ってゆーか俺はこんな物要らないんだよ! ホント、マジ で」
「要らないの?」
「そ……そう! さっき捨てようと思ったんだけど、あいにく今日はゴミの日じゃないし…早く 処分したいぐらいなんだよー、いっそこれから庭で焼いちゃおうか? ……はは」
 じーっと顔を赤らめたまま俺のことを見つめる彼女、本当に苦しい言い訳を続けているが果たして信じてもらえているのか? ……というかさっきよりも顔が 赤くなったような…目に涙まで浮かべちゃっている気も……え……なんか……ヤヴァイ?
「ひどいッ!」
 ぱーん、と平手打ちが俺の左頬にクリーンヒット!
 何をいきなりーっ!?
 ……とその前にひどいって……?
「これ、私が一生懸命作ったのに……」
 なんですとーっ!?
「せっかく……喜んでくれると思ったのに……」
 ぐすぐすと、彼女は泣き出してしまった。
 たった今言った無神経な発言により、心の中いっぱいに広がっていく罪悪感、なんとかしないと俺と彼女の間に溝が出来てしまう……。
「あ……ごめん、俺そんなつもりじゃなかった……知らなかったんだよ……ただ俺がこんな物持っているだなんてお前にばれたら……それこそお前が俺のこと嫌 いになるんじゃないかなんて思ったんだ……」
「でも……それでもひどいよ、処分したいだなんて……」
「悪い、ただどうしても恐かったんだ…… お前に嫌われることが……ああ畜生、言い訳みたいだ」
 彼女は泣きやんでくれない、一体俺はどうすればいいのか、このまま言い訳で周りを固めていくのか?
「……ねえ、私のこと……好き?」
 突然、彼女は涙目で上目遣いにそんなことを聞いてきた。
「え……」
 一瞬、不意をつかれてちょっとたじろぐ。
 バカ、何やっているんだ。
「嫌いなの?」
 違う、そんなはずはないだろう?
 言え、早く!
「好きだよ、世界で一番」
 安っぽいセリフだが、今の俺にはそれが精一杯だった。
 それに、そんな稚拙な言葉が何よりも俺の本音を伝えられるような気がしたからだ。
「本当?」
「ああ、嘘なんかつくものか」
 その言葉に、彼女はようやく泣き止んでくれた。
「じゃあさ……約束してくれる? この子を私と同じぐらいに大切にしてあげて」
 この子とは、どうやら抱き枕のことのようである。
「ああ……大切にするよ」
「それだけじゃダメだよ、ちゃんと名前も呼んであげてね」
「名前……?」
「えっ、リリィちゃんだよ。ちゃんと毎日リリィちゃんって名前を呼んであげてね? 約束!」
「あ……ああ」
 苦し紛れに了解する俺、高校生にもなって枕のキャラクターに向かって毎日名前を呼べ、だと?
 なんだかどんどん条件が厳しくなっていく……。
「名前を呼ぶだけじゃだめだよ、さらに毎日使ってあげて!」
 また増えた! しかも使う?
 使うってことは、寝るときにこれを抱けというのか?
「ダメ?」
 また涙目になる彼女。
 ああ、卑怯だぞ、こんちくしょう。
「わかった、大切に使ってやるよ」
 半ばやけくそである。
 ああ、彼女が作ったとはいえ、漫画キャラの抱き枕を、大切にし、毎日名前を呼んであげ、さらに使ってあげるなんて、なんで俺がそんなオタク的なこと を……。
「約束だからね、破ったらひどいよ」
 そう言って、小学生以来やったこともない指切りまでして、彼女はようやく納得したのか帰っていった。

 俺の部屋には残された抱き枕。
 虚しさによって体に開いた穴を一陣の風が吹き抜けていった。


 その一週間後の日曜日、再び彼女が家へとやってきた。
 あの日以来、苦しみながらも一応彼女と約束したことはちゃんと守ってきた。
 毎日名前を呼んで可愛がり、夜寝るときは一緒だ。
 初めは辛かったが、おかげでだんだんと慣れてきて、むしろ抱き枕のおかげで夜はぐっすりと眠れるのである。
「どうぞ」
 部屋の扉を開けて、彼女を部屋の中へと入れる。
 彼女の視線は、真っ先にベッドの上に置いてある抱き枕に注がれたようであった。
「ねぇ……これ……」
「ん? ああ、大切に使っているよ」
 そういって俺は、抱き枕を持ち上げた。
「ちゃんと毎日、名前も呼んであげているし、お前と同じぐらい愛情を注いでいるさ」
「名前を呼んで……私と……同じぐらい?」
「うん、リリィちゃーん、今日も可愛いねってね」
「本当に……それ使っているの?」
「本当だよ、疑うのか? ほら、ぎゅーって」
 そうして俺は抱き枕を抱きしめた。
 これで抱き枕を大事にしていると彼女は疑うまい、彼女との約束はちゃんと守っているのだ!
「あ……あの……」
 ……?
 なんか彼女の様子が変だ、妙に顔が引きつっているというか……あの……顔を赤くしてなんだか汚いモノを見るような目を……もしもし?
「私、あなたがそんな人だとは思わなかった」
「は?」
 時間が止まった。
「最低、マジで気持ち悪いし」
「……あの?」
 彼女はぷいと振り替えると、部屋から足早に出ていこうとした。
「ま……待ってよ! これはお前が俺のために作ったって……それで大切に使ってくれって泣いてまで言って約束したじゃないか!」
 彼女は、ぴく、と止まるとふり返ってこっちをにらんだ。そして。
 ぱーんっ!
 ……と平手打ちによる乾いた音が家中に響いた。
「私がそんな物作るわけがないじゃない! それにそんなことを約束なんて私は絶対しないからっ! もう二度と話しかけないで、さよなら」
 呆然と立ちつくす俺を置いて、彼女はさっさと家を出ていってしまった。
 乱暴に閉められた玄関のドアの音が、頬の痛みと共に頭の中で響き続ける。
「何で……?」
 俺はベッドの上に置かれている抱き枕をちら、と見た。
「不思議な不思議な魔法だぉー☆」と書かれた抱き枕に描かれたリリィちゃんの口元が一瞬だけ不敵につり上がった。

 完