勇者の憂
鬱
それは、私がいつものように仕事帰りに町の中心にある酒場
へ行った時のことです 私はカウンターに座り、リンゴ酒とソーセージを注文しまし
た。 今日はまだ少し早いせいか、人も少なく、酒場にいる客は私
を含めて五人ほどでした。
そんなとき、一人の戦士が酒場に現れました。少し小柄です
がなかなかの好青年で、背中にさした剣はそれに関する知識がない私でもすばらしいものだとわか
り
ました。
戦士は、私の隣一つ飛ばして左の席に座りました。
そして金色に輝く兜を脱ぐと、ブルーの髪が綺麗に広がりま
した。
「はぁ……」
と青年は大きなため息を一つつきました。
見たところかなり若い人の様子で、とてもため息なんて似合
わないようなすっきりとした顔立ちをしている人です。
「オヤジ、酒くれ、酒」
青年はぶっきらぼうに言いました。
「はいよ」
店主はグラスにトクトクと酒を注ぐと、青年の前に出しまし
た。
それをグイッと青年は一気に飲み干し、お代わりを注文しま
した。
「……あんた見たところまだ若いじゃないか、若いうちからそ
んな風に酒を飲んでいたらぶっ倒れてしまうぜ…まあ客だから別に構わないけどな」
そう言って、お代わりを青年の前に差し出しました。
それを青年は再び口元へ持っていき、少し口に含んでから飲
みました。
「畜生……! なんだって俺が……! くそっ……!」
青年はカウンターに拳を突き立てながら言いました。
私にはその様子があまりにも気になったので、一つとなりの
席へ移動すると青年に話しかけました。
「どうしたんだ兄さん。悩み事でもあるのか?」
「うるさい……! お前にはわからないんだ! 俺の気持ちな
んて……!」
「聞く前からわかるはずないさ。よかったら私にでも相談して
みないか? こう見えても話を聞くのは上手なんだぞ」
「そんな事をしてどうなるって言うんだ! お前には関係ない
だろう!?」
「まぁまぁ……ここで会ったのも何かの縁だ。奢ってやるから
話してみろ、楽になるぞ?」
すると、青年は話し始めました。
「俺さ…小さいころから勇者になるのが夢だったんだ…! 無
敵のヒーロー、暗黒の闇を消し去る者、ドラゴンと戦って姫を救出する……そういうのに憧れていた……。だから、五歳のころから剣の修行をして、どんどん強
くなって戦士になったんだ……」
「見ればわかるよ、立派な剣と兜だ」
「でさ……この間城からおふれがあったんだ、『この剣を抜い
た者が勇者の証である』ってね。当然俺は行ったさ、ヒーローになりたかったから…なれる可能性
を
夢見てさ」
「知っている、それでどうしたんだ?」
「だれも剣なんて抜けないの、魔法がかかっていて、真の勇気
を持つ者しか抜くことが出来ないんだって、いつの間にか王宮に百人以上いた戦士たちは半分以下
になって、ついに俺の番が回ってきたんだ。そして…俺は剣を抜いた」
「……」
「その時の嬉しさといったら……オジさんにはわからないと思
うぜ、なにせ子供のころからの夢だった勇者になれたんだもの」
「ほう……よかったじゃないか」
「話には続きがあってさ、勇者になった途端、この国周辺に生
息しているキマイラ退治を命じられたんだ。もちろん俺は引き受けた、そして成し遂げたんだ。
で
もさ、これだけじゃない、今度は遙か西方に生息しているドラゴン退治を命じられてさ…俺…ドラゴンとなんて戦えないって断ったんだけど、周りは『お前こそ
勇者だ、勇者なら何でも出来る』なんて言ってさ、無理矢理戦わせられることになったんだ……。
俺ははっきり言って嫌だ、ドラゴンと戦って勝った人なんて
いな
い、ましてや戦いに生き残った人もいないんだ!でもみんなみんな人ごとみたいにさ、『勇者勇者』って……『キマイラを倒せたから倒せるだろう』って……」
夜になり、店にはだいぶ人が入ってきました。
「俺は確かに勇者だけど、勇者だって完璧じゃないんだ! 弱
いところだってたくさんあるんだ! でもまるで神様か何かのように全知全能、なんでもできると
思っ
ている! それがすごくプレッシャーで、本当に苦しいんだ……!」
「だから逃げてきたのかい?」
「ちがっ……確かに戦いたくはないけれど、逃げてきたわけ
じゃない……!」
「いや、逃げることは格好悪い事じゃないさ、卑怯でも何でも
ない。
キミは自分を完璧な人間として見せようとしているんじゃな
いのかな? それだけだと辛いだ
けだよ、キミの言うとおり勇者だって人間だ、怖いことだってある。でもさ、剣を抜いたのは事実なんだろ? それだけは誇りに思ったらどうだい?」
「誇り……?」
「そうさ、キミは選ばれた者なんだろう? 憧れた勇者になれ
たんだろう? でも勇者だって人間には変わりない、格好良く魅せることはないから、自分が正し
いと
思うことをやればいい。そうしたらきっとキミは強くなれるし輝ける。周りに笑われたりしたって平気さ、キミはキミ、人は人だ。さっ、元気出しなよ!」
「オジさん……」
「ん?」
「俺……ドラゴン退治に行って来るよ」
「ほう?」
「なんだか自分がバカみたいだ、俺一体何を悩んでいたんだろ
う。これは自分が選んだ道なんだよな。だったら最後まで貫き通すよ」
「そうか」
「じゃあ、そういうわけで俺は行くよ。ありがとうなオジさ
ん」
「ああ、だが無理はするなよ、時には逃げることも大切だ。私
はここにいるからいつでも来いよ」
「おう!」
そう言うと、勇者は店から出ていきました。
そしてその一ヶ月後……
城下町では盛大なパレードが行われました。
主役はもちろんあの勇者。彼は見事ドラゴンを倒し、そして
今日ついにお姫様との結婚式が行われるのです。
私の前を馬車で通った勇者の目は自信で満ちあふれていまし
た。
私のあの時の言葉が彼の助けとなったのならば、私も勇者と
共に戦えたことになるのです。そう思うと、とても嬉しくなりました。
今日、この国に真の勇者が生まれたのだ!
完
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