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朝から鬱だ。
その身体はアスファルトの上に投げ出され、様々な部位が人間としてあり得ない方向へと曲がっていた。
黒い世界に広がるのは紅。それは否応無しに、嫌悪感を想起させる色だった。
人生において、こういった場面に出くわすことが何度あるだろうか。いや、恐らくそうそうない。少なくとも俺は普通の学生で、そっち専門の職業についているわけでもないから、こんな場面を見るのは初めてだ。
周囲には駆けつけた救急隊と警察。その横には俺じゃない俺のせいじゃないと自己弁護を続ける男。バンパーのへこんだ車。そして、大量のやじ馬。
繁華街の巨大なスクランブル交差点。車の世界を歩行者の世界へと一時的に切り離す白と黒の境界線は、物理的に車の進入を防ぐことが出来なかったらしい。
「赤信号なのに、渡ろうとしたらしいわよ」
「あら、可哀想に」
「ホントに可哀想ねえ。うちの息子にも気をつけなさいって言わないと」
二人の中年女性が勝手なことを言う。こんな出来事などすぐに忘れてしまうのだろう。一時的な同情に価値など存在しない。ほんの少々の自己満足、それを生み出したのちに、昨日の晩ご飯の記憶とともに洗い流されていくのだ。そうだ、どうせ他人のことなど、その程度でしかない。
他人のことを考えるのは疲れる。しかし、僕らは他人との付き合いを切り離しては生きていけない。だから、僕はいつでも他人に振り回される。そして他人のことを考え、想い、悩み、信じ、そして裏切られる。そんな毎日だ。
学友たちは、空気を読め空気を読め空気を読めと、毎日のように同じことを繰り返す。まるでファービー人形だ。まるで他人と異なる生き方が許されていないよ
うだ。少なくとも僕の学校はそう。教室の扉を開ければ似たような髪形に服装の若者たちが一様に携帯電話の画面とにらみ合っている。たまに個性を発揮しよう
と試みる人間がいるかと思えば、それは明らかに周囲から浮いており世界から孤立している。まるで別の生き物のように排他されるのだ。
だから、人の真似をするのが嫌な人でも人の真似をする。その癖、人と同じ生き方が嫌だから人と違うところを生み出そうとする。そうして大して相手のことを知らない人間が、相手のことを評価する。偉くなったつもりか。馬鹿馬鹿しい。
世界に迎合しながら生きていく。プライベートは適当にグルグルと回していく。レールを外れない限り僕は僕でいられる。さすれば、人間でいられる。すなわ
ち、世界の一部としていられる。それこそ最善。無理に自己を主張する必要などない。図るべきは調和。ゆえに、目立つ必要などない。そして他人のことを考え
る必要もない。
そうして今日も僕は平穏な人生を送るために、普通の日常をこなす。だがその予定は、朝早くからガラガラと音を立てて崩れたのだ。そう、事故という非日常は、僕の日常を侵食していた。そのことに気付かされたのは、事故現場を去ろうと歩を進めようとしたその時だった。
「こんにちは」
彼女は、そこに立っていた。
黒いショートボブの髪、白く透き通るような肌、そしてブレザーにスカートという地元高校の制服。
初めは、僕に話しかけているということなど気付きもしなかった。しかしその声は、やじ馬だらけのこの事故現場においてもはっきりと響き、そして、彼女もまたしっかりと僕のことを見つめていた。
「……こんちは」
その高校に通う知り合いなど存在しなかった。だから、彼女が誰なのか、僕には理解が出来ない。それでも、無視するのも何となく嫌な気がしたので、一応返事だけはしておくことにした。
返事をしたのだ、そうしたら彼女側から何らかのアクションがあると思っていた。僕から彼女に対して言うことなど何もない。しかし、彼女はウンでもなければスンでもなく、ただ、じっと僕の顔を見つめていた。
そうして互いに見つめ合うこと数秒。気が付かなかったフリをして、さっさとこの場を離れればよかったと後悔し始めた頃、彼女は手に持っていたポーチから、赤く丸いそれを取りだした。
さくらんぼだった。
彼女はさくらんぼの茎を持って果実を揺らすこと数往復。止まった後にじっとそれを眺め、そして呟いた。
「ああ、死んじゃったんだなぁ」
何が何だか、さっぱりわからなかった。
◇ ◇ ◇
お前の世界はお前のものだろう、とジャスティスは言った。ジャスティスは、世界は自分のものだと本気で信じていたのだろう。しかし、ジャスティスの世界は、たった一発の銃弾でいとも簡単に終焉を迎えた。
「だが、俺に後悔なんてない」
ジャスティスは口元を吊り上げて言う。
「俺は俺が俺であるがままに生き、そして俺が望む俺のままに死んだ。さて、お前はどうかな」
ズキリ、と胸が痛んだ。
「ちっぽけな鉛玉一つで世界は終わる。覚悟はあるのか」
答えは――。
◇ ◇ ◇
おかしなことになった。
学生アパートの狭い僕の部屋では、朝っぱらから例のさくらんぼ少女が一人、鼻歌を歌いながらテレビを観ていた。おはようございます、と、彼女は僕の姿を確認してそんなことを言い、そしてまたテレビに視線を戻した。
もう一度言おう、ここは僕の部屋である。それなのに彼女は実に我が物顔で居座っていた。よく覚えていないが、今朝の夢見が悪かったこともあり、僕の機嫌
は悪い。冷蔵庫の中にあった牛乳を飲み、一息つくことにした。状況把握をここで一つ。昨日の朝、交通事故の現場に立ち寄った僕は、この少女と出会い、その
まま家へと連れ込んだ……? 違う、違う、どうにも記憶があやふやだ。では、誰が彼女をこの家に連れてきたのか。理解不能だ。普段の僕ならそんな非日常的
な行為に及ぶわけがない。ならば何故このようなことになっている?
「……君さ」
「え、何か言いましたか」
「言った。君は何で僕の家にいるわけ」
「縁ですかね」
「縁?」
「はい、縁です。さくらんぼの果実が二つ、同じ茎で結ばれるように、私たちも縁によって結びつけられたんです。もっとわかりやすく言えば、運命、とでも申しましょうか。つまり、あまり深く考えなくてもいいということです」
彼女の言っていることは、欠片も理解できなかった。理解する気もなかった。
「いや、縁とか運命とか僕は信じないから。人の家に勝手に上がり込んで、一体何様のつもりなんだよ」
「別にいいじゃないですか。私と縁があったのが、たまたまあなただったんです。私だって出来ればもっと素敵な男性の家が良かったのですが……文句は言えません」
好き勝手言う。縁? 運命? 知ったことか。唯一、この少女が話のわからない子だということだけは理解した。
「そんなことはいいから、とにかく出ていってくれ。ここに君がいることが大家さんにバレたらなんて言われるかわからない」
「え、そんなこと心配していたんですか」
「え?」
そのとき、タイミング悪く、本当にタイミング悪く、鈴の音が聞こえた。アパートの大家さんの財布につけられた鈴の音だった。階段を上ってくる。部屋の前の廊下を歩いている……!
「やばっ……おい、隠れて――」
そう言うよりも早く、さくらんぼ少女は、まるで玩具を見つけた子供のような笑顔を浮かべて、扉に向かって走り出した。僕が止める間もなく、扉を勢いよく開けると、ちょうど部屋の前を歩いている大家さんの頭上に勢いよく手刀を叩きおろす――!
「ひっ……!」
心臓が凍りつくような瞬間だった。しかし、さくらんぼ少女の腕は、まるで大家さんがそこに存在しないかのように通り抜けた。
「え……?」
唖然と眼前の信じがたい出来事を眺めていると、大家さんが怪訝な顔をしてこっちを見た。目が合って、慌てておやようございます、と答えた。大家さんは、
ふん、と鼻を鳴らして立ち去った。この間、僅か十秒少々。さくらんぼ少女は、何事もなかったかのように部屋の中に戻ってくると、どうかしら、とまるで歌う
ように言った。
「ど、どういう、こと?」
「だから、死んじゃったんだってば。昨日、車にはねられて、アスファルトに頭打って、そのままご臨終。だから、縁がある人にしか視えないの。昨日から言っているじゃない、信じてなかったの?」
「信じるも何も……そんな非現実なこと、あるわけないだろ」
自分でも声が震えているのがわかった。そうして怯えている僕に対し追い打ちをかけるように、そっと、さくらんぼ少女は近付いて、耳元で囁いた。
「現実と非現実なんて、その境界なんてとても曖昧なんだよ。あなたにとっては、あなたが信じられることだけが現実なのかもしれないけど、私にとっては、私が存在することが現実。わかるかしら?」
まるで、それは悪夢の始まりのようだった。
◇ ◇ ◇
彼はその行為を、ドロップアウトと名付けた。
この世界において、彼が目指すのは螺旋階段の頂点だった。そして、それは周囲の人々にとっても同様のことだった。しかし、中にはその階段から、自ら闇の中へ飛び込む者たちがいた。彼は、その行為を度々目撃してきたのだ。
「その行為が良いとか悪いとか、そんなの関係ないみたいだよ。ただ、もう一度階段を上りなおさないといけないだけ。大変だよね」
彼は、続けて言葉を紡ぐ。
「あとさ、たまにいるんだよね。突風に煽られるとか階段が崩れるとかで、落っこちていく人間が。そういう人たちは運がなかったと思うよ。だけどさ、そうい
う人たちは、階段を上ることを苦にしないみたいなんだ。一度上り方を知っているからかな、とにかくね、一度上ることが大事みたいなんだ」
彼の瞳が、こちらに向けられた。
「ねえ、格好悪くてもいいから上ってみなよ。立ち止まっていても何も変わらないしさ、その方が、よっぽどいいと思うな」
◇ ◇ ◇
飲み会だった。
サークルに所属しておらず、大学の友人との交流がない僕にとって、この月に一度開かれるゼミの交流会は、ほとんど唯一と言える学校のイベントだった。も
ちろん、ゼミの参加とその交流会が全員参加でなかったなら、僕はこんなところにいない。まずい酒にまずい食事。そして意味のない会話。ただ大声を出し、自
分が一番目立っているということで自尊心を満たすだけの輩が集い、そして無駄なエネルギーを消耗しあう。教授は交流会を非常に大事にしているが、こんなイ
ベントに価値を見出せという方が難しい。
そうして今日も僕は、定位置である一番端の席で、適当に相槌を打ちながら参加している振りをする。俺が私が、と常に前に出たがる連中が多いこの場では、僕の発言など求められない。その点は、非常に楽だった。
「おい、飲んでないじゃないか」
「よせよ、いつものことだろ?」
「せっかくなんだから飲めよ。そこのウイスキーロックで一つ取ってー」
そうして、余計なことをする奴が僕の前にウイスキーを置く。僕は、あはは、と笑ってそれを一気に飲む。僕は決してお酒が強い方ではない。しかし、周囲の
空気は僕にこの黄金色の液体を飲み干すことを要求していた。空気の読めないやつだと思われたくない。余計なトラブルを生み出したくない。だったら、相手が
望むままに行動すればいい。結果、何かのスイッチを押してしまったらしい。おー、という声とともに、面白がって周りのやつらが酒を勧めてきた。喉がヒリヒ
リする。気分が悪い。だが飲む。空気を読め、空気を読め、空気を読め……! この場で僕に出来ることなんて、それしかないのだから。
そして、僕はぴょん、と、境界を越えた。
◇ ◇ ◇
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ。
歯車の音が、聞こえる。
私にも、あなたにも。
◇ ◇ ◇
明け方、未だかつて経験したことのないほどの頭痛をお土産に、僕は部屋へと戻った。空っぽになった胃が、きゅうきゅう、と音を立てていた。水を飲む。焼
けつくような喉の痛みに、涙が出た。げほ、とむせ返る。苦しくて涙がこぼれた。何で僕がこんな目に遭わないといけないのか。悔しくて、さらに涙がこぼれ
た。
「……ばかはっけん」
見れば、さくらんぼ少女がそこに立っていた。僕より背の低い彼女が、僕を見下すように立っていた。それもそのはず、僕は床に倒れ込んでいたのだ。
「そんなことしても、誰の得にもならないのに」
「誰の得にも……だって?」
涼しげな顔をしている彼女をにらみつけた。
「僕がこんなに苦しい思いをしているのは、みんながそれを期待しているからだ! だから、僕が期待にこたえればみんなが喜んでくれるし、そうしたら僕だって評価される。僕は認められるんだよ!」
「くだらないなぁ」
さくらんぼ少女は、ため息をつきながら言った。
「そんなこと思っているの、あなただけじゃないの」
「僕だけ、だって? だってみんな僕のことを見て、喜んでくれた……し……」
「本当にそう思っているの?」
思っていない。嘘だ。目立つことを何よりも嫌っていたのは僕だ。
「思ってないって顔しているもん。空気読むとか読まないとか、馬鹿馬鹿しいと思わない? それよりも、自分大切にしなよ。死んじゃったら、何も出来なくなっちゃうんだから」
彼女は冷蔵庫を開けると、どこで手に入れてきたのだろう。スーパーのパックから、さくらんぼを取りだした。揺れる赤い果実を、ぱくり、と口に運ぶ。
「ん……やっぱり、死んじゃうと味しないんだぁ」
そして僕に視線を向ける。
「あなたもさ、そろそろ目覚めなよ。楽しいこと、あなたならこれからいっぱいあるのに」
「目覚めるって……?」
あまりに飛躍した彼女の言葉が、僕には理解できなかった。しかし、同時にどすん、と胸に落っこちるような、そんな言葉だった。
「死者と生者の境界がこんなにも曖昧なのに、あなたを囲む境界が、打ち破れないわけないんだよ」
「――っ!」
◇ ◇ ◇
ねじれたリボンがほどけなくても、いずれ、ほどくことはできる。でも、多分、それには大きな困難を共にするだろうけどね。
さて、君はどうするんだい?
ネコのアキラが、にゃあ、と鳴いた。
◇ ◇ ◇
朝から鬱だ。昼も鬱だ。そして、夜になっても鬱だ。
完全に二日酔いに蝕まれた僕は、貴重な土曜日をまるまる浪費した。
夢を見た。気分の悪い夢だった。最近眠りにつけば、変な夢ばかり見る。まるで僕の夢の中を劇場にし、次々に新しい演劇を開いているような、そんな感覚
だった。つまらない、馬鹿馬鹿しい。でも、その一つ一つが僕の中に眠っている記憶の欠片だということを、少なからず理解していた。彼らは僕だった。そして
彼らはまた、世界だった。
夢と現の境界も、自分と世界の境界も、その全てが曖昧なこの世界で、僕は一体何を探しているのか。そして何を吐きだしたいのか。頭痛が思考を歪ませる。しかし、もはやその歪みもまた、世界の一部だった。
さくらんぼ少女が側にいた。ずっとそこで僕を見ていたかのように、枕元に座っていた。
「お別れだ」
「うん」
僕の言葉に、彼女はそっと微笑んだ。
「もうすぐ僕は死ぬんだろう? 僕はあのスクランブル交差点で車にはねられて、今まさに死のうとしている。そうだろう?」
「……」
「だと思った。この君が現れてからの数日……日にちはわからないけれど、その間に見ていたのは僕の記憶だ。僕はあの飲み会で泥酔して、そのまま夜を過ごした後、明け方、意識もはっきりとしないままにスクランブル交差点を渡ったんだ。全部、わかったよ」
「……」
「君が誰なのかわからないけど、君のおかげで、少しだけ……楽しかった。ありがとう」
そして、目を閉じる。深い闇にぐるぐると落ちていく。蒼い海が、そこには広がっていた。その海に身を任せ、あとはそのまま沈んでいけばいい。息をする必要がないからだろうか、思ったよりも苦しくなかった。
――って!
誰かの声がしたけれど、もうそんなこと、どうでもよかった。魔法のある世界も、夢を売る商人の話も、アバドンの終末論だって、今なら信じられるような気がした。
「待って!」
海に、誰かが飛び込んできた。ぐるり、と世界が揺れる。なんだよ、人がせっかく気持ちよく沈んでいこうというのに。
「待って……待って……!」
さくらんぼ少女だった。彼女は、必死に泳いで、僕のところまでやってきた。お互いに手を伸ばせば届く距離。彼女が手を伸ばした。しかし、僕は手を伸ばさ
なかった。ごう、と渦が巻き起こり、彼女と僕の間を遠ざけようとする。彼女が叫ぶ。何を言っているのか聞き取れない。僕は沈む。大丈夫、苦しくはない。彼
女の姿が見えなくなる。見えなくなる、見えなく……
「世界は――」
「……え?」
「お前のものだろう――!」
……ぱりん。
◇ ◇ ◇
渦が止まった。
僕は四方を蒼い壁で囲まれた四角い部屋に立っていた。
さくらんぼ少女もまた、ここにいた。目の前で、瞳に涙を浮かべて立っていた。
「あなたは、選択できる」
彼女は、そっと、言った。
「夢も現も白も黒も生も死も、境界なんて簡単に越えられる。それでも、境界は確かに存在する。自由に行き来されては困るから。でも、境界なんて、ほとんどない」
彼女は、さくらんぼを取りだした。二つの果実が、茎で繋がっていた。
「この部屋は、あなたが作りだした境界。あなただけの、あなたが居心地のいい空間。でもね、ここにいたら、あなたは息が出来なくなる」
少女が二つの果実をそれぞれ両方の手でつまんで、横に広げた。
「選択して」
僕の選択は……決まっていた。だから、僕が彼女に視線を合わせると、彼女も笑って口元を緩めた。
「「蒼い壁を、破壊する(border break)」」
繋がっていたさくらんぼを、断った。
瞬間、世界が砕けた。
境界を越えて入りこんできた光が、僕を包んだ。
「お別れだ」
「うん」
「また会おう」
「うん」
◇ ◇ ◇
それは奇跡的な蘇生だったという。心肺停止から数時間が経過し、たとえ生き延びたとしても植物人間状態になっていただろう、と医者は、僕の回復力にただ驚くばかりだった。
退院もできた。両親は未だかつてないほどに豪勢なパーティを開いてくれた。父親が最高級のウイスキーを開けようとしたが、僕が苦笑いをすると、少しさびしそうにそれをしまい込んだ。
さて、世界はというと、特にとりわけ大きく変化したわけでもない。ゼミの交流会は普段通り開かれるし、イッキコールだっていつも通り行われる。
「おい、飲んでないじゃないか」
「よせよ、いつものことだろ?」
「せっかくなんだから飲めよ。そこのウイスキーロックで一つ取ってー」
「ごめん、体調悪いからさ、ゆっくり飲むことにするよ」
変わったことと言えば、これぐらいだ。
世界は変わらない。しかし、僕は世界を変えた。世界は変えられる。これから先の世界だって創っていける。
ところで、さくらんぼ少女の正体は一体何だったか。それは理解できない。ただ、境界がひどく曖昧になった世界で紛れ込んできた存在なのだ、きっと、別の境界の人間に違いない。たまたま縁があった。彼女の言葉を借りるならば、それで十分だろう。
先日、ひどく愚かな男の夢を見た。ジャスティスという男は世界を構築したが、その世界はただの箱庭、もしくは牢獄だったのだ。本当ならば境界なんて、ほとんどない。
「さて」
今日も日常を繰り返す。僕の大好きな、狂おしいほど平凡な日常だ。
しかし今日は気分がいい。日常と非日常の境界もほとんどないなら、少しぐらい乗り越えられるだろうか。ちょっと試してみよう、と、冒険心が渦巻いた。
「よし」
息を吸った。走る。そして、跳ぶ。着地。
さくらんぼの果実が、いつのまにか手の中に収まっていた。
This story is over. But the story continues forever…
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