一枚のビスケット

 雪山で三人の男たちが遭難してしまいました。
 吹雪は強く、日も暮れ、視界は閉ざされてしまってどこに行けばよいのかさっぱりわからない状況です。
 助けを呼ぼうにも、先ほどのなだれの影響で荷物を落としてしまった三人にはどうしようもありませんでした。
 しかし、少し歩き、三人は偶然にもほら穴を見つけました。
 これ以上歩き回っても危険なだけなので、三人はそこで休むことに決めました、が、誰もすすんで入ろうとはしません、
「おい、お前が行けよ」
 太っちょが言いました。
「何だお前、怖がっているのか」
 やせっぽちが返します。
「何だと」
「何だよ」
 二人は今にも喧嘩を始めそうな雰囲気です。ストレスがたまっているせいで余裕がなくなっているのです。
「まあまあ、こんな所で喧嘩をしても仕方がないよ。ここは私が行こう」
 平均的な体型の穏便な男が言って、ほら穴へと入って行きました。
「おうい、どうだい?」
「熊は出てこないか?」
 二人が尋ねます。
 すると、中から声が返ってきました。
「大丈夫、快適だよ」
 二人は、その一言を聞くなり顔を見合わせ、それからほら穴へと入っていきました。
 なるほど、確かに中は風が吹いているわけではなく、冬眠中の熊もいなく、贅沢を言わなければ快適です。
 三人は荷物を降ろして休みました。これで凍え死んでしまうようなことはありません。

 しかし数時間経って、三人はお腹がとてもすいていることに気が付きました。
 外はまだ吹雪いていて、とても出ることなんてできそうにもありません。
「腹減った」
 太っちょが、ぐぅ、と腹の虫を鳴らして言いました。
「僕もだよ」
 やせっぽちも、ぐぅ、とお腹を鳴らします。そして言いました。
「何か食べるものはないのかい?」
 穏便な男はポケットの中から一枚の小さな丸いビスケットを取り出して言いました。
「これしか残っていない」

「こんな小さなビスケットが一枚?」
 太っちょが言いますと、穏便な男は目を閉じて力なく首を縦に振りました。
「さて、どうしようか」
 穏便な男が二人に尋ねます。時間がしばらく凍りつきました。
「ここは持ち主のお前が食べればいい」
 やせっぽちが言うと、
「いや、私はいらない、君が食べてくれ」
 穏便な男がそう言ったので、
「いらないのだったら俺にくれ。もう腹ペコだ」
 太っちょの男がそう言ってビスケットを取りました。
「待てよ、お前にやるとは言っていない」
 やせっぽちが太っちょにつっかかりました。
「俺は体が大きいからエネルギーがたくさん必要なんだ」
「でも、僕は少ないエネルギーで動くことができる。吹雪が止んだ時に助けを呼びにいけるぞ」
 二人はまた言い争いを始めてしまいました。
 見かねた穏便な男がそれを止めます。
「二人とも、腹が減っているのは皆同じだ。ここは三等分にしようではないか」
 やせっぽちと太っちょは顔を見合わせ、渋々でしたがそれに妥協することを決めました。
「よし、では均等に三等分しよう」
「どうやって?」
 すると、穏便な男は急に黙り込んでしまいました。
「…どうやって? どうやったらこの丸いビスケットを三等分できるのだ?」
 確かに、三等分というのはかなり難しいことです。
「ナイフを使えばいいだろう?」
「いや、それでも二等分とはわけが違う」
 三人はむむ、と考え始めました。
 空腹も忘れ、ビスケットを三等分する手段を必死に模索し続けます。
 本当は少し考えれば六等分したらよい、ということに気付けたとは思いますが、極度の疲労で頭がうまく回っていなかったのです。
 三人はずっと考え続けました。
 そとではびゅうびゅう、と吹雪が吹き続けます。

 吹雪も止み、空は晴れ、レスキュー隊が三人を捜しに山へとやってきました。
 そのうちの一人がほら穴を見つけ、中を覗き込むと、遭難していた三人を発見しました。
「あの、助けにきました」
 しかし、三人は同時に言います。
「黙ってくれ、今このビスケットを三つに分ける方法を考えているのだから!」

 完