師走晦日

 ごーん。
 ずるずる……。

 鐘の音と蕎麦をすする音が部屋に響く。
 テレビでは紅白歌合戦も終わり、行く年来る年という除夜の鐘と寺の様子を映した番組が流れている。ちなみに寺は近くに無いので、今聴こえる鐘の音はテレ ビのスピーカーから流れてくるものだ。
 毎年のことながら、この時間が一番嫌いだ。
 切なく、やることもなく、蕎麦をすすりつつ、年の節目を待つ。
 他のチャンネルでは、忙しくテレビ局間を移動しているか、バカ騒ぎしている芸能人が映るだけだ。特に一斉にカウントダウンなんて非常にバカバカしい。見 ても仕方がない。その点、NHKは日付が変わっても左上に0:00と一瞬表示されるだけで、さっぱりしていていい。
 嗚呼、無情。
 何故かそんな文句が頭の中をよぎる。
 虚無感というのか、とにかく切なすぎる夜だ。何をやるにも億劫な……
 ――突然、携帯の着メロが蕎麦と鐘の音に割って入ってくる。
 もう年が変わったのだろうか、と思い、時計を見たが、あと五分ほどある。
「……?」
 首を傾げながら電話を取る。それは彼女からの着信だった。
「もしもし……俊クン?」
「千佳……どうしたんだ?」
 いつもより元気の無い、電話の声。
「あのね、なんか寂しくなっちゃって……用は無いんだけど」
「ん……そうか」
 彼女――千佳も同じ気持ちなのだろうか。
「あのさ、聞いてくれる?」
「うん」
「あのね、私、この時間が一番嫌いなの。この年が終わっちゃうじゃない。それで聞き慣れない年に変わっちゃうでしょ? そうすると、何か取り返しがつかな いような気になっちゃうの」
「うん」
「それに、年が変わることで世界が変わってしまう気がするの。俊クンもいなくなって、私も変わっちゃうようで……それが怖いんだ」
「うん、わかるよ」
「ね、だからさ、年が変わる時まで一緒にいて……」
「ん、わかった……」
 僕らは受話器を握ったまま、鐘の音を聴く。あと一分だ。
 受話器から千佳の吐息が聞こえる。沈黙が流れていよいよ残り三十秒……。
「俊クン……カウントダウン、しよ」
「バラエティ番組と一緒にか?」
「ううん、違うよ。二人だけのカウントダウン」
 時計を見た。秒針が10を指す。
「「10」」
 僕らは同時に口を開いた。
「「9、8、7」」
 思えば、こんなことをするのは初めてだ。
「「6、5、4」」
 カウントダウンをすることも。
「「3、2、1」」
 大切な人と新しい年を迎えるのも。
「「0」」
 気の早い僕らのカウントダウンは、実際よりも一秒ほど早かった。
 受話器の向こうから嗚咽が聞こえてくる。
「千佳……?」
「ありがとう。なんだか不思議なんだ、涙が止まらなくて……」
「千佳……」
「あけまして……おめでとう」
「……あけましておめでとう」

 新しい年が、始まった。

 完